ウサギとカメの物語


いつもセカセカと慌ただしく足早に歩く私だけど、カメ男と歩く時だけはヤツに合わせてゆっくり歩く。


ゆっくりのそのそ歩くと、いつもは素通りして見逃してた景色をちゃんと見れる気がして。
それはそれで新鮮なんだ。


年末で家族連れの多いイルミネーションのトンネルを抜けて、昨日の雪でちょっとだけうっすら白くなった街並みを眺めながら、あらら、と息をつく。


お正月に引いたおみくじ、大吉だった。
それはきっと、こいつとの恋愛成就を意味してたんじゃないだろうか。


だって私は今、こんなに幸せ━━━━━。






「5日遅れだけど」


と、カメ男が着ていた黒いダウンジャケットのポケットから、何かを取り出したのが見えた。


「なに?」


意味が分からずにヤツの顔を見上げると、彼はちょっと何かを言いたげに、でも言葉にすることはなく、それを私の手の中に収める。


ひんやりとした感触を手のひらに感じて、少しだけビックリした。


おそるおそる指を開くと、そこにはシルバーの……指輪、とかじゃもちろん無くて。


アパートの、鍵。


自分の右手を見下ろして固まった私の上で、ヤツの声が降りてくる。


「クリスマスプレゼント」


へぇ、と私は小さくつぶやいた。


「イルミネーションよりロマンチックだね」

「……そうかな」

「そうだよ」

「それなら良かった」


いつでも来ていいよ、って言ってくれてるみたい。
私の居場所は彼の懐。










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