ウサギとカメの物語
熱々のコーヒーが入ったカップをカメ男に渡すと、ヤツはフーフー息を吹きかけて冷ます作業を始める。
どうやら猫舌らしい。
同時にメガネが湯気で曇っていた。
「コンタクトにはしないの?」
「目に物を入れるのは抵抗がある」
「変なこだわりだねぇ」
世の中にはごまんとコンタクト愛用者が沢山いるというのに。
変なところアナログっていうか。
曇ったままのメガネの端に何気なく手をかけたら、その手をヤツに握られた。
ヤツは私の目をじっと見つめていて、逸らさない。
ドックンドックン鳴っている私の心臓の鼓動は、もちろんカメ男の耳には聞こえているはずもなくて。
少しずつお互いに顔を近づけて、もうすぐ唇が触れ合うという時に廊下で話し声が聞こえてしまい、瞬間的に体を離した。
ただ通りかかっただけの社員の話し声だったみたいだけど、誰かに見られたりしたらヤバい。
それでもなんだかヤツにくっつきたくて仕方ない。
めちゃくちゃ焦っている私と、本当にさっきまでキスしようとしてたの?っていうくらい落ち着き払った様子のカメ男。
本当に正反対な私たち。
このままここにいたら、くっつきたい病に侵されそうなのでさっさと給湯室を出ようと思いついた。
コーヒーをゴクゴク飲み干して、カップをシンクで手早く洗うと布巾で拭いて棚にしまった。