ウサギとカメの物語
私が眉を寄せてものすごい形相で奈々を舐め回すように見ていたからか、彼女はすぐに私の意図を汲んだ。
そしてフフッとなにやら鼻で笑うと、真野さんがすぐそばにいるというのに普通のトーンで話した。
「大丈夫よ〜ぅ。愛しの熊谷課長には見られてないから。美女軍団に囲まれて二次会行ったあとだよ!」
「ふーーーっ!セーフ!!」
思わずガッツポーズをしてから、ハッとして私は真野さんに目を向ける。
真野さんは一瞬目を丸くしたあと、またさっきみたいに、ほほほ、と口元を抑えるのだった。
まるでお母さんが言うみたいに、「あら、そうなのねぇ」と。
「み〜んな若い子は課長に夢中ねぇ。かっこいいからか〜。うん、そっかぁ。まぁ、仕方ないわよねぇ」
なんだかちょっと含んだような言い方だったから、ん?と気になったけれど。
特に突っ込んで聞き出すことはしなかった。
ちなみに。
奈々が言っていた「美女軍団」の説明を簡単にすると。
うちの会社は街中のオフィス街からちょっと外れた場所にあって、3階建ての建物が丸ごと本社になっている。
運送のトラックも出入りするから、大きな駐車場も完備している。
一応、ちっちゃい運送会社とはいえ、県内に何店舗か営業所もあって、私が勤めているのは本店なのだ。
で、私たちがいるのは1階の営業課・事務所。
事務所の仕切りの向こうには窓口があって、直接お客様が持ち込みの荷物を運び入れて配送依頼をしてくる場所もある。
受付は基本的に新入社員なので、今は春に入社したばかりの3人の女の子たちが窓口に座っている。
そのポジションは私も1年目の時に経験した。
1階ではそれプラス、配送トラックの運転手さんたちの控え室とベテランのパートのおばちゃん達が集結する分別室という荷物を分ける大きな倉庫のような部屋もある。
3階は、私のような平社員にはあまり行くことは少ないけれど、社長室とかそういうお偉いさんのフロアになっていて、秘書課もある。秘書課というか、お偉いさんのお付き人みたいなものだけど。
2階には総務課と経理課とが配置されている。
その秘書課のお姉さま方を、私と奈々は「美女軍団」と呼んでいるのだ。勝手に。
だってなにしろその美女軍団、私たちと格が違う。
というか、人種が違う。
バッサバサの睫毛に透き通るような白い肌、そして長い手足。
整った顔立ちに明るい茶髪でも、やけに様になっちゃう秘書課。
持っているバッグはブランド品。
毎週エステとか行ってんだろうなって思うほど、なんかお肌がツヤツヤテカテカしてる。
明らかに私たち1階の事務員を下に見ている。
まぁ、実際本当にどこにでもいる普通の女だから、そこは否定しないんだけどさ。
彼女たちだってアラサーにもなれば、そりゃハンサムで長身でモデルかはたまた俳優さんのような熊谷課長を見逃すわけがない。
普段1階にいる課長を捕まえるには、飲み会とか社員旅行とか芋煮会とかバーベキューとか。そういうイベントでもない限りアピール出来ないらしい。