ウサギとカメの物語
一昨日、金曜日の夜に、美女軍団に囲まれていた熊谷課長の姿を思い出す。
あーあ、そうだよね。
やっぱりなにかの間違いじゃないのかな。
あんなに綺麗な人たちに囲まれてお酒を飲んでたっていうのに、どうして私なんかと連絡先を交換してご飯まで誘ってくれたんだろう。
むしろバーチャル熊谷課長との妄想に励みすぎて、私が夢を見ていただけだったとか?
念のため、と携帯を出して電話帳を開く。
「熊谷課長」と記された彼の電話番号とアドレスを発見して、
夢じゃないじゃないかぁぁぁ〜!
現実じゃーん……。
と胸をなで下ろす。
しかも、ご丁寧にさりげなく「熊谷課長」の隣にハートマークの絵文字まで入れてるしぃぃぃ!
どんだけ乙女なんだ、私!
息を吐いて自分を落ち着かせてから、ネイビーのコットン素材のカーディガンをロッカーから引っ張り出してブラウスの上に羽織る。
携帯はスカートのポケットに突っ込んでお財布だけをバッグから取り出して、あとはすべてロッカーに入れて鍵を掛けた。
「もうすぐ朝礼ね。行きますか」
腕時計で時間を確認した真野さんの一言で、私も奈々も就業準備を済ませて、3人で女子更衣室をあとにした。
社員やパートさんたちが行き交う廊下を、挨拶をしながら通り抜ける。
その途中、廊下の向こうから颯爽と歩いてくる長身の男性。
遠目からでも分かる、端正な顔立ち。
明るいグレーのスーツがよく似合っていて、濃いブルーのストライプのネクタイが絶妙にマッチしている。
こんなにスーツを着こなす人がいるんだってくらい素敵な出で立ちで現れたのは、もちろん熊谷課長だった。
「わお。噂をすれば。朝からキラキラだね〜」
アハッと奈々がグロス塗り立てのぷるぷるの唇の口角を上げる。
挨拶の準備らしい。
「おはようございます!」
3人で声を揃えて熊谷課長にご挨拶。
課長は爽やかな笑顔で「おはよう」と軽く右手を挙げる。
そのさりげない仕草に、ドッキューン!と胸を貫かれた。