ウサギとカメの物語


くそぅ、昨日あの男には私の半裸を見られたんだ。
そして熊谷課長への気持ちも完全にバレちゃったんだ。
どうでもよくて興味ないって言ってたけど、そうだとしてもバレてしまった。


そう思ったら、今まで頭の片隅にも居なかった須和柊平というぼんやりした男の存在が、やけに私の中でハッキリとしたものになっていた。
これまでの私なら、彼が出勤してきたかどうかさえも曖昧だったはずなのに。


なんでそんな男にこんな気持ちにさせられなきゃならんのだ……。
朝からげんなりした。


「じゃあ、朝礼を始めようか」


という藤代部長のひと声で、事務課も営業課も全員立ち上がる。


「おはようございます」の挨拶を皮切りに、先週の業績を営業課が発表し、今週の目標を立てる。
そこへ藤代部長から一言。
熊谷課長から営業課へのアドバイス。
事務課からは真野さんが先週の配送ミスについて報告をし、熊谷課長から対策を考えるように注意された。


まぁいつも大体同じようなことを繰り返す月曜日の朝礼。
ひと通り終わると、「今日もよろしくお願いします」とみんなで声を揃えて、就業となる。


うっかりウトウトしそうになる自分を奮い立たせつつ、デスクに座った。


「ねぇ、コズ。今日のランチさぁ、隣の通りに出来たラーメン屋にしない?」


向かいの席に座る奈々が、たいていこのタイミングでランチの相談を持ちかけてくるのもお決まりだ。


「いいねぇ、ラーメン。今日は味噌の気分だわ」なんて返しながら、美穂ちゃんに淹れてもらったお茶をすする。
7年目ともなると、仕事中に小声でこんな話をするのもすんなり出来てしまう。


今日私がやるべき仕事は、15時から始まる月1の定例会議の資料作り。
2ヶ月前に真野さんから私に引き継がれ、社長や副社長も参加する会議の資料なのでミスは許されない。
先週までにほとんど資料は作り終えて、今日は午前中のうちにミスが無いかダブルチェックをして、30部ほど印刷しておかなければならない。


< 25 / 212 >

この作品をシェア

pagetop