ウサギとカメの物語
「何言ってるの。女の子はお財布なんて出しちゃダメだよ。これくらい男にカッコつけさせてよ。ね?」
と、この世で一番爽やかなんじゃないかというほどの優しい笑みを浮かべた。
課長の背後からうっすら光が照らして、もはや彼が神様にさえ見えるような気がした。
あぁ、神様!
いいんですか、こんなに素敵な人がこの世に存在しちゃって。
そちらの世界でケンカしてませんか、彼をこっちに呼び戻せー、とか。
私ばっかり独占しちゃってもいいんですか。
ねぇ、神様……。
「課長、本当に今日はありがとうございました!すごく楽しかったです」
お店を出てすぐに、コートを羽織っている熊谷課長に私は勢いよく頭を下げた。
「お酒も食事も……ごちそうさまでした」
「いいえ、どういたしまして」
いつでも笑顔を絶やさない彼の顔を見ていたら、本社に移動してくる前に在籍していた支店で営業成績が凄かったということが納得できる。
この絶世のハンサムに微笑まれたらたまらない。
2人で並んですぐそばの駅まで歩きながら、ずっと気になっていたことを尋ねてみた。
「あの……熊谷課長?」
「ん?」
「どうして私を誘ってくれたんですか?」
思い切って聞いちゃおう、と思ってストレートに尋ねた。
このまま別れてしまったんじゃ色々考え込んでしまいそうだったし、回りくどい聞き方をするのも嫌だったから、ストレートに。
どんな返答をしてくるのか少し不安になりながら、私は熊谷課長の答えを待つ。
長身の彼は落ち着いた様子で私を見下ろしていたけれど、やがてポリポリと頬をかくと
「可愛い子だなってずっと思ってたから。事務所でも明るくてハキハキしてて、仕事もソツなくこなしてくれるし。いいなぁって思ってた。それじゃいけないかな?」
きょ、きょ、きょ、きょ、きょ、
きょえーーーーーーーーーーー!!
なんて言った、今!?
私のキャパシティーは完全にオーバーしまくって、脳みそがグルングルンにかき回されて、履いていた8センチのヒールがぐにゃっと折れ曲がったんじゃないかっていうくらい足元がフラついた。