ウサギとカメの物語
3 ウサギが感じる違和感と、居合わせたカメ。
熊谷課長とデートをしてからというもの、それから1ヶ月の間に3回ほど食事に誘われて、そのたびに承諾した。
彼が連れていってくれるお店は、どこも私には未知数の場所ばかりで敷居が高いところで。
いつもご馳走してくれることが申し訳なかったけれど、毎回「気にしないでね」と言ってくれるのだ。
社内恋愛?
これは社内恋愛に入りますか?
私ってば夢の社内恋愛しちゃってますか?
いわゆるオフィスラブってやつですか?
仕事中でも熊谷課長の姿を見ると、ついつい「ムフフ」というなんとも言えないにやけ顔を隠し切れなくなってしまって、あらまぁ私ったら恋してるんだわと1人で照れていた。
うふふ、ぐふふ。
ニヤニヤしながらパソコンのキーボードをタッタカ打っていたら。
「大野」
と後ろからちょっと聞き取りにくいボリュームで声をかけられた。
「はい!」って返事をして振り返ると、須和が立っていた。
ヤツの手にはさっき私が集計して綴っておいた伝票の束が。
むしろここ1ヶ月の間にこのカメ男の存在はほぼ薄れちゃってて。
ヤツにカメ男って密かにあだ名をつけたことすらも忘れかけてしまっていた。
「なんでしょう」
「……ミス」
カメ男は一言だけ言って、付箋を付けた伝票の束を開いて一箇所指を差した。
「えっ!ミス?」
わーお!マジで?
こんな初歩的な伝票の集計で?
信じられない気持ちでヤツの手から伝票を受け取る。
その場で電卓を叩いて確認すると、一部の集計金額に誤りがあった。