ウサギとカメの物語
「カ、……じゃなくて、須和」
直した伝票の束を抱えて、黙々と仕事をしているカメ男の背中に声をかける。
彼は超高速の指使いで電卓を叩いていたのを止め、目だけを私に向けると
「そこに置いといて」
と言った。
カッチーン!
私の短気な性格がここで現れる。
私が悪いのは百も承知なんだけどね。
でもさ、もう少し優しくしてくれたっていいじゃん?
あなたは上司でも先輩でもなくて同期なんだからさぁ、そんな態度とることないじゃん?
なんでそんなに上から目線なのよ!
口をへの字にしてヤツを睨みつけていると、カメ男が迷惑そうに目を細める。
その目が「面倒くさい」という心をハッキリと物語っていた。
するとその時、事務所内の電話が鳴った。
たまたま後輩たちが他に電話に出ていたので、無駄のない動きでカメ男が受話器を取る。
電話対応するヤツの声はいつもと変わりないトーンであったけれど、言葉遣いとか話し方は完全に別人。
なんだかとっても優しげな話し方だった。
その話し方でつねに話しなさいよおおお!
やろうと思えば出来るんだろうが!
ヤツのデスクに置こうとした伝票をそのまま持ち直して、私は足早に事務所を出た。
なーにが倉庫にしまう場所が私じゃ届かない、よ!
1年目の新人の時は毎日のように出入りしていた倉庫。
勝手はそれなりに知ってるっての。
脚立を使えば私にだって届きますぅ~。
別に身長だって小さいわけじゃないんだから。
プリプリ怒りながら廊下をスタスタと歩き、倉庫へ向かった。