ウサギとカメの物語


トイレで密かに感じた疲労感。
なるべく気づかないふりをしてテーブルに戻ると、熊谷課長はいなかった。


ジャケットがイスに掛けられたままだから、出ていったとかそういうことでは無さそうだ。


お皿に残っていたイチゴとちっちゃく盛られたチーズケーキを口に運んでいると、課長が少し焦った様子で席に戻ってきた。


「ごめんね、ちょっと電話が来ちゃって」

「いえ。電話は大丈夫でしたか?」

「うん。大丈夫だったよ」


課長は再びイスに座ると、その整った顔を余すことなく私に向けてニッコリ微笑むと


「このあとどうする?」


と聞いてきた。


こ、このあと!?
なにこの展開!!
思ってたのと違うんですけど!!


「え?えーっと……そうですね、このあとですよね……」


どう答えたらいいのか分からずに、ヘラッと曖昧なことをモゴモゴつぶやいていたら。


「もう何回かデートもしたし、そろそろホテルでも行こうか」


と、それはそれは自然に。
なんというか当たり前かのように。
そうなることが決まってたみたいに。


サラッと「ホテル」と口にしたのだ。


ホテルってそりゃ当然ラブホテルのことでしょーよ。
それくらい私だってもうすぐ27歳ですから分かりますよ、はい。
でもさ、でもさ、私たち付き合ってないよね!?
1番のツッコミどころってそこじゃない!?


笑みを顔に貼り付けたまま、私は返事が出来なくなってしまった。


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