ウサギとカメの物語


カメ男は一瞬だけ私を見た。
本当にほんの一瞬だけ。


ちょっとちょっと~、そんな一瞬だけだと私の「助けて」ビームが伝わらないじゃないの!
もう少し視線ちょうだいよ!
ほれっ、こっち向け!
おい、カメ男!カメ男~!


心の中で必死にカメ男に呼びかけていたけれど、ヤツは私には一切目もくれずに熊谷課長に向かって口を開いた。


「このあとは2人で二次会ですか?」


こ、こ、こ、こら!
カメ男!
二次会とか変なこと言うんじゃない!
まさか帰る気じゃないだろうね、私を残して!
なんでこっち見てくれないのさ!
届け!
助けてビーーーーーーム……


「そうだね、二次会でも行こうかなんて話してたよ」


ウンウン、とうなずいた熊谷課長を横目に見た私はガクッとうなだれた。


こりゃダメだ……。
というより、課長。
二次会じゃなくてホテル誘ったでしょうが!
やっぱりあとで2人きりになった時に、断るしかない。
それで、課長の本心をしっかり聞こう。
うん、それしかない。


という決意をしていたら、カメ男が意外な言葉をつぶやいた。


「その二次会、俺も参加させてくださいよ」

「………………え?」


ポカンと口を開いて課長が目を丸くする。
目も口も開いたままの彼に、カメ男が畳みかけるように


「それとも邪魔者は消えた方がいいですか?」


と首をかしげた。


「いや!そんなわけないよ。もちろん須和くんも一緒に行こうよ。いいよね?大野さん」


端正な顔をくるっと私に向けて、何を考えているのか分かりづらい笑みを浮かべる課長。


私の今の時点での気持ちはただひとつ。
帰りたい、それだけだった。


家に帰りたい!
帰って1人になりたい!
だってもともとビールと辛口ビーフジャーキー買って、家で1人で飲みながらドラマ見る予定だったんだもん!
ホテル行くなんて聞いてないし、だからって3人で飲み直すなんて無理!

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