ウサギとカメの物語


数秒のうちに覚悟を決めた私は、下腹部を押さえてヨタヨタとわざとカメ男の方へ近づきながら「う~っ」と唸る。
そしてそのまま、すまんカメ男!という思いを乗せてヤツの肩に突進した。


ドカッとぶつかってヤツの手からコンビニ弁当がコンクリートの地面に落ちる。


ヤバッ!って咄嗟に思ったけど。
もう演技を止めることも出来ないから、そのままその場にしゃがみ込んだ。


「どうした?」


ぶつかったカメ男じゃなくて、課長の方が心配して駆け寄ってくる。


おい、おかしいだろカメ男!
あんたも少しは心配しろっての!


というツッコミを頭の中でしながら、つらいけど必死に頑張って笑ってます、みたいな笑顔を課長に向かって作った。


「すみません……。ちょっと生理痛が酷くなってきちゃって……」

「え、そうなの?大丈夫?」

「薬も忘れてきちゃったから、ちょっとこのまま二次会は行けなそうです……。本当にごめんなさい」


どうだっ!
私の一世一代の演技!
小学校の時の演劇で「村の子D」役を演じた、この私の演技!
頼むからこのまま解散にしてえええええええ!


ギュッと目をつぶって祈り続けていたら、私の頭上からカメ男の声が聞こえた。


「これじゃ二次会は無理ですね。帰りますか」


その一言で、あっさりと熊谷課長は引き下がった。
「そうだね、今日は帰ろっか」って。


まぁたぶん、察するに。
よく知らない事務課のカメ男を連れての二次会、きっと課長はあまり気乗りしてなかったんだと思うんだよね。


でもこの際理由とかはどうでも良くて、とにかく帰る流れになったことが私にとっては最大級のハッピーに繋がった。


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