ウサギとカメの物語


駅の構内で熊谷課長と別れたあと、私と須和は同じ電車に乗るために駅のホームに降り立った。


そう、ヤツと私の最寄り駅は同じ沿線上にある。
だから帰るとなると一緒の電車に乗るしかないのだ。
実はこの間、奈々と田嶋と飲んだ(正確にはあいつらとは飲んでないけどね)時も、ヤツと同じ電車で帰ったんだけど。


冷たい風が吹きすさぶ中、ホームに並ぶ硬いプラスチック製のイスに腰かけたカメ男に、そばにあった自販機で購入したホットコーヒーを渡す。
コーヒーを受け取ったヤツは、隣に座った私に「どうも」と短いお礼を言っていた。


「お礼を言うのは私の方。ありがとう」


私がそう言うと、カメ男は缶コーヒーのプルトップを開けながら


「良かったのか?」


と尋ねてきた。


聞かれると思った。
そりゃ変に思うよね、誰だって。
好きな人とデートしてたのに生理痛なんて言って強制終了させてさ。
さすがのカメ男だって意味分かんないと思ってるんだろうなぁ。
私だって意味分かんないもん。


「あ~もう!自分でも訳分かんないの!」


何故か半ギレでカメ男相手に愚痴った。


「自分でもおかしいと思ってるよ。あんなに憧れてた課長といい雰囲気になってさ、付き合えるかもーって舞い上がってたのにね。でもなんか、すっごい疲れるの。課長と一緒にいると、自分が自分じゃないみたいでさ……」

「………………」


相槌も何も打ってくれないから、呆れてるのかなってちょっと不安になってカメ男を見ると。
ヤツは「ちゃんと聞いてやるよ」って感じの目をして私を見ていた。
その目はなんだか私をホッとさせてくれる目だった。


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