ウサギとカメの物語
ベーグルサンドのお店は私の会社からちょっと遠いので、美穂ちゃんと2人でコートを羽織って早足で向かう。
まだ日中はお天気が良ければまぁまぁあったかくて。
マフラーまではいらないな、って感じの気候。
綺麗に色づいたケヤキ並木を、お財布片手に他愛のない話をしつつ歩いた。
ベーグルサンドのお店はランチタイムとあってすでに混んでいたものの、運よく2人分の席が空いていた。
そこに通してもらって、3つのランチセットからそれぞれ注文をする。
私はエビとアボカドのベーグルサンドセット、美穂ちゃんは悩みながらもチーズオニオンとベーコンのベーグルサンドを頼んだ。
先に出されたドリンクをストローですすっていたら、美穂ちゃんがおそるおそる私に質問を投げかけてきた。
「あのー……。大野さんって好きな人いますか?」
「んー?今はいないかなぁ~」
恋だと思ってた熊谷課長への気持ちがただの憧れであるということに気づいた以上、もう好きな人は「いない」ってことでいいよね。
とほほ。
ピンクに白いお花とキラキラしたスワロフスキーがついたネイルが施された爪を、美穂ちゃんはモジモジといじりながら「そうなんですね~」と口ごもる。
そのなんだかもどかしい様子を見ていたら、すぐにピンと来た。
ほほ~、美穂ちゃんたら。
好きな人いるのね。恋してるのね。
20歳の可愛らしい美穂ちゃんの恋の悩み相談。
喜んで受けようじゃないの!
「美穂ちゃんは好きな人いるのね?どんな人?」
私が頬杖をついて尋ねると、彼女はとても恥ずかしそうにサイドに束ねた長い髪の毛先をくるんと指で遊ばせた。
「すっっっごく素敵な人なんです。私なんかじゃ手が届かないくらい」
「えー!そんなバカな。美穂ちゃんめちゃくちゃ可愛いんだから自信持たないと~。案外脈アリかもよ?」
「その人、デートはしてくれるんですよ。でも私のこと、お子様だと思ってて恋愛の対象にはなってないみたいで……」
なんてこったい、その男。
まぁ話から察するに年上なんだろうな。
年が離れてるから妹感覚で可愛がってるとか?
ふんふん、と私は彼女の話にうなずいて見せた。