ウサギとカメの物語
「ふーん。須和も牛タン好きなんだ。私も好きだよ」
「へぇ」
「反応薄~い!」
カメ男との会話は基本的に私が話し役でヤツは聞き役。
こういうやり取りも少なくはない。
なんとなくだけど、ヤツと私の食の好みは似てる気がするんだよね。
和食が好きで、牛タンが好きで。
お酒も私と同じでビールが好きみたいだし、ワインやシャンパンより日本酒や焼酎って感じで。
だから「酔いどれ都」でもメニューを決めるのに苦労はしなかった。
「少しはスッキリした?」
食べかけの鳥の手羽先に食いついていたら、不意にカメ男にそう聞かれた。
隣に座るヤツの顔をしばらく見たあと、ひとまず渋々うなずく。
きっとそんな私の微妙な返事の仕方が気になったのだろう。
カメ男は怪訝そうに首をかしげていた。
「他に何かあるの?」
「…………………………気まずい。課長と顔を合わせるの」
心の奥底からしんどい。
あの爽やかな笑顔をみるたびに私の胸がチクチク痛むんだ。
給湯室で見せた冷たい表情とか思い出しちゃって、変に意識しちゃうっていうか。
口を尖らせる私に、カメ男が不思議そうに眉を寄せる。
「本当に気まずいのは課長の方でしょ」
「………………え、なんで?」
「あの人プライド高そうだから、振られる前に手を打ったんだと思うよ。きっとね」
カメ男は頬杖をついて日本酒をひと口飲んで、カウンターの奥で忙しそうにお客さんの相手をする女将さんを眺めながらボソボソしゃべり続ける。
「だから大野が気まずくなることない」
…………だからさ。
カメ男の言うことって妙に説得力あるっていうか。
やけにすんなり心に入ってくるんだよね。
この人って意外と周りを見てるし、私のことも理解してる気がする。
カメ男のくせに、ってちょっと悔しいけど。
でも的確な言葉をくれるところは、良き相談相手って感じがして安心した。