ウサギとカメの物語
ヤツが言ってくれたことを胸に明日からの仕事を頑張ろう、と改めて決意したところで。
思い出したことがあった。
それはけっこう重要なことで、カメ男に今一度確認しておきたいことだった。
「須和が前に言ってた、熊谷課長には気をつけた方がいいって話ってさ……。もしかして、この事だったの?」
鰹の叩きに箸を伸ばしつつ、カメ男に聞いてみる。
ヤツはヤツで手元に寄せた軟骨の唐揚げをじっと見つめながら、
「まぁ、そんな感じ」
と言った。
「ハッキリそう教えてくれれば良かったのに。そしたら未然に防げたかもしれないよ?」
「ちゃんと未然に防いだでしょ」
「え?……あー……、そっかぁ。そうなるのか……」
「うん」
コクンとうなずいたカメ男が私のそばにあった鰹の叩きに視線をズラしたので、「どうぞ」とお皿ごと差し出した。
ヤツはちょっと肩をすくめながら鰹を箸で取る。
そのまま口に運んだ。
そして、カメ男は「それに俺はちゃんと言ったよ」と顔を上げた。
「大野ならそのうち分かる、って。で、分かったでしょ、どういうことなのか」
この時、私はカメ男の横顔を懸命に見たけれど、視線は交わらない。
本当に本当にこの男は言葉が足りないな~、って思う。
今現在まさにそう。
私なら分かる、ってどういう意味で言ってるのかな。
私のことを褒めてるつもりなのか、試しただけなのか……。
前者であると信じたいけど。
「去年、卸町営業所にヘルプで2週間行った時のことなんだけど……」
と、突然カメ男が話し出したので、内心驚きつつも耳を傾ける。
「そこに、熊谷課長がいたんだ。成績トップの営業のエースとして。その時に支店の女の子をカモにしてるって噂を聞いた」
「カモ?」
「うん。セフレってこと」
わーお。
カメ男の口から「セフレ」とか。
そんなん出てくるんだ。
ビックリ。
そこにビックリした自分をどうにかしたい。