ウサギとカメの物語
変なところで驚いている私は置いといて、カメ男は淡々とした口調で話を続けた。
「課長が春から本店に異動してきた時に、こっちでも同じことするのかなって気になってたから。だから大野に言ったんだよ」
なるほど、って納得した。
ヤツが2週間も他店にヘルプに行ってたことなんて、正直頭の片隅にも記憶してなかったけど。
でもそれなら尚更課長の遊びっぷりを早く言ってほしかった。
そもそもカメ男くん。
君は前に私にとても失礼なことを言い放ったのだよ。
覚えているのかね?
「なによ、私のことなんて興味無いとかどうでもいいとか言ってたくせに!」
「…………それは単なる大野の一方的な好意だと思ってたから。でも、そうじゃなかったでしょ」
カメ男に言い返されると反論のしようもない。
ヤツは絶対的に私よりも言葉数は少ないけど、絶対的に論理的だ。
もう少し言葉数を増やしてくれればもっと分かりやすいのに。
「須和っていい奴だよね、実は」
私はため息混じりにそう言って、カメ男の顔を覗き込んだ。
いい加減こっち向けよ、と思いながら。
そしたらさすがにヤツも私を見た。
目が合ったから、ニィーッと口角を上げてヤツに笑顔を向ける。
「もったいなかったなぁ。こんなにいい奴で話しやすいなんて、もっと早く知ってれば良かったよ」
「……それはどうも」
「ちょっとぉ~、ここ喜ぶところなんだけど?」
「わーい。嬉しい」
「あははは、やめてよその言い方」
また登場したカメ男の棒読みセリフで、私はお腹を抱えて爆笑した。
そして、やっぱり笑い声がうるさかったみたいで怒られた。
でもこの何気ないやり取りが、なんだか平和で。
夕方に起きた嫌な出来事はすっかり過去になっていた。
ありがと、須和。