Memories of Fire
「こんにちは、ソフィー」

 中庭から城へ入ってすぐ、クラウスの声が響く。彼は廊下の壁に寄りかかって、面白そうにソフィーを見ていた。

 こんにちは、だなんて白々しい。

「盗み聞きなんて悪趣味よ」
「ソフィーに会いに来たら、たまたま貴女が寂しいとマリー様やエルマーにご相談されていたので邪魔をしてはいけないかと思いまして」

 クラウスは飄々と言ってのける。

「貴方に会えなくて寂しいだなんて一言も言っていないわ」
「私に会えなくて寂しかったのですか?」

 クラウスの切り返しに、自分の余計な一言を自覚し、頬がカッと火照る。

 すると、クラウスはフッと笑ってソフィーに一歩近づいた。

「可愛らしい反応ですね。少しは自覚していただけたでしょうか? 貴女は私に……少なくとも、興味がある。そうでしょう?」

 クラウスはソフィーの手を引き、廊下の壁を利用して彼女を囲い込む。顔の両側に手をつかれ、至近距離で目が合うと……なぜか彼から目が逸らせなくなってしまった。

「貴女はこの一週間、私のことを気にしてくださった。突然会いに来なくなった婚約者……嫌々する政略結婚ならば、煩わしい相手がいなくなってホッとするはずでしょう? それが、私が会いに来なくて、可愛らしく怒って……。ねぇ、ソフィー。もっと強引に迫って欲しいですか?」

 ずいっと顔を近づけてくるクラウス。

 白い肌は女性も羨むのではないかと思うほど……目は細めだけれど、個々のパーツが整っていて、端正な顔立ちと言えるだろう。黒髪に黒目の彼は、寡黙で知的な印象があり、女性にもひそかに人気なのだと知っている。

 そんな彼の黒い瞳にはソフィーが映っている――そう思ったら、胸が熱くなって鼓動が速くなった。
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