Memories of Fire
 ああ、まただ。
 
 次から次へやってくる貴族の子息と適当に会話をしながらも、ソフィーの意識はパーティ会場の隅から彼女を見つめる男にあった。
 
 彼の名は、クラウス・ハウアー。芸術活動の盛んなフラメ王国の重要な機関である文化省をまとめるハウアー家の子息で、彼自身も大臣である父親の補佐として働いている。
 
 ソフィーは、父親について城に来るクラウスとも顔見知りだった。しかし、彼と会話をしたことはほとんどない。彼は、いつも眼鏡の奥からソフィーを見つめるだけで、彼女に話しかけてくることはないのだ。
 
 パーティでも同じ――今日みたいに、ソフィーからは離れた場所からずっと彼女を見つめるだけ。
 
 もう何回目かもわからないこの状況に、ソフィーは痺れを切らし始めている。言いたいことがあるのならはっきり言いにくればいいし、ないのならじろじろ見ないで欲しい。
 
 クラウスの視線の意味がわからないから、イライラするのだ。

 (一体、どういうつもりなの?)

 ソフィーはとうとうクラウスに鋭い視線を向けた。上品であるべき王女らしからぬ睨みだけれど、そんなことはこの際どうでも良い。とにかく、この煩わしい男の視線を排除しなければ……!

 だが、ソフィーの思惑とは裏腹に、クラウスは彼女と目が合った途端フッと笑った気がした。

 ほんの僅かな口元の緩みだったけれど、確かに今までの無表情とは違う。
 
 なんだか心がざわつく。今までと違う彼の表情に何かが起こる気がして、落ち着かない。

 ソフィーの直感通り、クラウスは彼女に向かってゆっくり歩いてくる。いつも纏っているローブをはためかせ、彼女の前まで進み歩みを止めた。
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