Memories of Fire
「貴女は常々結婚相手はバルトルト様が決めていいとおっしゃっているそうですね。貴女より一つ年上で、文化省に務め、議会でも中立派のハウアー家の子息……とても良い婿候補だと思いませんか? おまけに、貴女も私を気にかけてくださっている」

 確かに、父王バルトルトがクラウスを気に入っているらしいことは、ソフィーも感じていた。

 対外的にも、強硬派(ファルケン)と穏健派(タオブン)という二派の対立が激しい議会において、ハウアー家は中立派の有力貴族。議会の天秤を傾けることなく、ソフィーを嫁がせられる。
 
 ひとつ違いの結婚適齢期の男女ならば、年齢にも問題はない。ソフィーは王家の長女で、彼女が結婚を渋ってしまえば、マリー、ヴォルフ、ハンナ……と後がつかえるということもある。

 バルトルトは好意を寄せている相手がいるのなら連れて来いと言っていたけれど、彼女にそんな男性はいなかった。だから、成人を迎えて結婚ができるようになった頃からずっと「相手はお父様が決めて」と言っていたのだ。
 クラウスの言うことは正しい。だが……

「私は貴方が嫌いだわ」
「では、どなたに想いを寄せているのですか?」
「想い人なんていません」

 恋なんてしても仕方ない。いくらバルトルトが許そうと、議会は黙っていないだろう。それなら、初めからバルトルトに決めてもらうほうが文句も出なくて良い。

 ソフィーによってたかる貴族も、議会を納得させつつ自分が気に入る男を捜すのも、煩わしいだけだ。

 ソフィーはクラウスの相手をするのが面倒になり始め、ため息をついて階段の手すりを掴んだ。
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