ヴァイス・プレジデント番外編
「久良子さん、もうご存知なんでしょうか」
「わかんない。訊けなかった」
ヤマトさんが力なく言う。
そりゃ、そんなこと訊けないに決まってる。
無意味な質問でヤマトさんを疲れさせてしまった気がして、申し訳なくなった。
会社に連絡が入ったら、久良子さんの耳にも届く。
もし彼女がそのことを知らないんだとしたら、受けるショックは、私のそれの比ではないだろう。
もし、もう知っているのだとしたら。
それを押し隠して、彼のいた職場で働いている心情は、どんなものだろう。
それを想像して、自然と眉根が寄るのを意識していると、すず、とヤマトさんが呼んだ。
「今日、泊まってかない?」
大きなマグカップで自分のぶんのミルクティを飲んでいた私は、その言葉に驚いて隣を見る。
立てた片ひざを抱えるように腕を組んだヤマトさんと、目が合った。
できたらでいいから、とでもいうように遠慮がちなその視線に、無理です、なんて言えるわけがない。
この駅は、会社に比較的近いため、会ったことはないけれど、社員が近隣に住んでいる可能性は高い。
ヤマトさんの立場を考えれば、平日の朝に私がこの駅にいるのを見られたりするのは、いいことではない。
なので私は、翌日会社がある時は決して泊まらなかったし、ヤマトさんもそうするよう促したことはなかった。
「ヤマトさん、大丈夫ですか…?」
ヤマトさんが、組んだ腕に顔を伏せて、かすかにうなずく。
こんな彼を、見たことがない。
「もう、お休みになったほうがいいです」
「すずも寝よ」
着替える気力もないんだろう、ワイシャツのままの肩に手を置いて言うと、少しだけ顔をこちらに見せてくれる。
だけどその声に、普段の明るさや快活さは、まったく感じられない。
私も寝ますから、と言い聞かせると、ヤマトさんはまた顔を伏せて。
ごめんね、とつぶやいた。