ヴァイス・プレジデント番外編

「俺、久良子ちゃんとは、うまくいかなかったんだよ」

「いきなり? そんなの、おかしいだろ」

「お前に理解できないことが全部、おかしいってわけじゃない」



ヤマトさんが煙草を持っていないことに気がついたのか、延大さんが自分の煙草を差し出した。

延大さんの、柔らかい声ながらも厳しい物言いに、ヤマトさんは口をつぐんで、煙草を一本とり出す。

カウンターに常備してあるライターに手を伸ばすと、それで火をつけて、控えめに煙を吐いた。



「私、向こうに行っていましょうか」

「ううん、いて」



邪魔かと思い申し出ると、ヤマトさんは私を見あげて首を振った。

私の手を引っぱって、丸いガラステーブルの、ふたりの間にあたる椅子に座らせると、ヤマトさんは飲んでいたコーヒーのマグカップを、私と自分の間に移動させた。

一緒に飲んでいいよって意味だろう。


延大さんは、そんなヤマトさんを少し笑いながら、ほおづえをついて眺めている。

その微笑みは彼らしく優しくて、明るくて、だけど私には、どこか切なくも見えた。



「俺は別に、やけになってるわけじゃない」

「ならなおさら、こんな急いで結婚する必要、ないだろ?」

「別に、急いでるわけでもないよ、したいと思ったから、するんだ」



そう延大さんが言っても、どうしてもヤマトさんは納得できないようで、椅子の背に体重を預けたまま目線を落とした。



「なんで、あの人なの」

「いい女だよ、ルリ子は」

「親に紹介されるまま、じゃあそれで、なんて、何考えてんだよ。どうしたんだよ兄貴。向こうだって絶対――」



言い募ろうとしたヤマトさんを、ヤマト、と鋭い声が制した。



「それ以上言ったら、お前でも許さない」



煙草をくわえて、柔らかく微笑んで。

だけどその声の響きは、本気であることを伝えていた。

< 116 / 151 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop