ヴァイス・プレジデント番外編
「俺、久良子ちゃんとは、うまくいかなかったんだよ」
「いきなり? そんなの、おかしいだろ」
「お前に理解できないことが全部、おかしいってわけじゃない」
ヤマトさんが煙草を持っていないことに気がついたのか、延大さんが自分の煙草を差し出した。
延大さんの、柔らかい声ながらも厳しい物言いに、ヤマトさんは口をつぐんで、煙草を一本とり出す。
カウンターに常備してあるライターに手を伸ばすと、それで火をつけて、控えめに煙を吐いた。
「私、向こうに行っていましょうか」
「ううん、いて」
邪魔かと思い申し出ると、ヤマトさんは私を見あげて首を振った。
私の手を引っぱって、丸いガラステーブルの、ふたりの間にあたる椅子に座らせると、ヤマトさんは飲んでいたコーヒーのマグカップを、私と自分の間に移動させた。
一緒に飲んでいいよって意味だろう。
延大さんは、そんなヤマトさんを少し笑いながら、ほおづえをついて眺めている。
その微笑みは彼らしく優しくて、明るくて、だけど私には、どこか切なくも見えた。
「俺は別に、やけになってるわけじゃない」
「ならなおさら、こんな急いで結婚する必要、ないだろ?」
「別に、急いでるわけでもないよ、したいと思ったから、するんだ」
そう延大さんが言っても、どうしてもヤマトさんは納得できないようで、椅子の背に体重を預けたまま目線を落とした。
「なんで、あの人なの」
「いい女だよ、ルリ子は」
「親に紹介されるまま、じゃあそれで、なんて、何考えてんだよ。どうしたんだよ兄貴。向こうだって絶対――」
言い募ろうとしたヤマトさんを、ヤマト、と鋭い声が制した。
「それ以上言ったら、お前でも許さない」
煙草をくわえて、柔らかく微笑んで。
だけどその声の響きは、本気であることを伝えていた。