ヴァイス・プレジデント番外編
「久良子は、元気だよ、一応」
「そうですか…」
「あいつも、見栄っ張りだからねえ」
見せないよねえ、と苦笑してため息をつく和華さんは、やっぱり延大さんたちのことに気がついていた。
結婚が決まってすぐの頃、廊下で呼びとめられて、どうなってるか知ってる? と訊かれて。
どこまで言っていいのかわからず硬直した私に、一緒にいた暁さんが、私たちが気がつかないわけないでしょ、と笑ったのだ。
その頃はまだ誰もが、何かの間違いだったらいいのに、と思っているような感じだった。
地下フロアへ入り、階段へ行くために和華さんと別れようとした時、役員フロアへ上がるエレベーターの前にたたずむ姿があった。
長い髪の先を綺麗に巻いて、アイボリーのセットアップを着こなしているのは、久良子さんその人で。
足音に気がついたのか、ふとこちらを見ると。
にっこりと美しく微笑んだ。
その年度末、CEOの退任と同時に、彼女はこの会社を去った。
送別会にはなぜか私まで呼んでもらえて、だけどヤマトさんも私も、どんな顔をしていたらいいのか、さっぱりわからなかった。
「すーずちゃん」
ボコン、とお尻を鞄らしきもので叩かれた。
振り向かなくてもわかるけれど、一応確認してみると、やっぱり城さんだ。
「遅くまで、お疲れ様です」
「ほんとだよ。ヤマトの野郎がやる気出しちゃって、全然帰してくれねえの」
勘弁して、とため息をつきながら、暑いんだろう、ネクタイをシュッととると適当に丸めて鞄に入れた。
来客があった時のために、こんな蒸す夏の日にも上着を欠かせない彼は、さすがに脱いで鞄と一緒に持っている。
「最近、忙しそうですもんね」
「クールだね。さみしいとかもっと構ってとか、ねえの?」