ヴァイス・プレジデント番外編
そういえば、そんなこと言ったことないなあ、と夜空を見あげながら考えた。

言ったことないというか、思ったことすらない。

そう言うと、城さんが愉快そうに笑う。



「かわいそ、ヤマト。ざまあ」

「言われたいものですか?」

「まさか。言わせた時点で男失格」



一理ある。

けど、じゃあ、どうしろっていうんだ。


まあ、ヤマトさんが仕事で忙しい時に私がさみしくならないのは、ヤマトさんがどんなふうに忙しいのか、想像がつくせいだろう。

彼の職場環境を、これでもかというほど知りつくしているので、何ひとつ不安がない。

忙しいんですね、頑張ってくださいね、身体壊さないでくださいねってだけだ。


それに今は、彼が何かに打ちこんでいてくれているほうが安心でもある。

延大さんの結婚のあと、ずっとふさぎこんでいたヤマトさんは、それでも少しずつ自分を納得させていた様子だったんだけど。

春、久良子さんが退職した時、彼はそれが自分の責任でもあるかのように、再びショックを受けていた。



『一番大きな理由は、CEOだと思いますよ。あの方の秘書であることに、すべてをささげていましたから』

『それは、わかるんだ』



でもね、とヤマトさんは、沈んだ声でぽつりと言った。



『兄貴とまだ続いてたら、親父がいなくなっても、久良子さんは辞めてなかったと思わない?』



好きという感情が、誰かの人生を動かすなんて、きっとヤマトさんは、考えたこともなかったんだろう。

お互い好きで、だから一緒にいただけなのに。

いつの間にか、いろんなことが噛みあわなくなって、こんなふうに別れが来る。

そういう事態を初めて目の当たりにして、しかもそれが、大事なお兄さんにかかわることで。

ヤマトさんは、完全に心の許容量をオーバーしたようで、時折ふと沈みこむように、かげりのある表情を見せるようになっていた。

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