ヴァイス・プレジデント番外編
『こんな可愛い男の子が弟じゃなくなっちゃうのは、ちょっと惜しいけど』
『弟じゃなくなっちゃうって…』
ヤマトさんのあせった声も無視して、来た時と同様、ルリ子さんはつむじ風のように店を出て行った。
あとには、呆然と立ちすくむ私たち3人だけが残され。
お前の兄貴、すごいのと結婚してんね、と城さんがつぶやいたのを、覚えている。
それが夏のこと。
そして秋も深まったこの週末、めったにないんだけど、なんとなく3人で集まって、近所のバーの個室で飲んでいたところに。
ほとんど音信不通だった延大さんから、突然の連絡があったのだ。
今どこだ、行くから、というルリ子さんとまったく同じパターンで、ぽかんとする私たちの前に彼は現れた。
「元、って」
「この間いきなり、今日で終わりにしましょう、理由はよくわかってるわよね、だよ。お前ら俺の受けたショックを想像できるか」
見たこともない剣幕の延大さんに、ごめん…とヤマトさんが青くなりながら小さな声で言った。
私もさすがに、言葉が出ない。
「ヤマトは悪くないですよ、俺がばらしたんだ」
「なんでお前が、俺の事情を知ってんだよ」
「情報収集も、秘書の務めなんで」
「兄貴、こいつを責めないでよ、俺なんだよ」
端に座っていたヤマトさんが腰を上げて、テーブルの横に立つ延大さんの腕をつかんだ。
「何がお前なんだ」
「薫は、憎まれ役を買って出てくれただけで。俺だって同じこと、したかったんだよ」
でも、と続けるヤマトさんの声がふいに揺れて、私と城さんは、思わずそちらを見あげる。
「…俺は、兄貴が、久良子さんと一緒になれたらいいって、そう思ってたのに」
私の場所からは、ヤマトさんの、うつむき加減の背中しか、見えないけれど。
延大さんの表情で、ヤマトさんが、どんな顔をしているのか、だいたいわかる。
「悪者になることすら、できなかったんだよ…」