ヴァイス・プレジデント番外編
「違う会社に行きたいんです」
結婚は、そのあとで。
ヤマトさんは、目を見開いたまま、言葉が出ないみたいだった。
片ひざを立てて私に向き直ると、何か言いかけて、やめる。
そのまま目線を芝生に落として、考えこんでしまった。
「この会社が嫌なわけじゃ、ないですよ」
「わかってる。俺、なんでそのこと、考えなかったんだろう…」
悔やむように言いながら、眉根を寄せて、前髪に指をうずめる。
その様子に、驚かせてしまったかと申し訳なくなった。
うちの会社は、社内で結婚して、夫婦で働いている人も多いけれど。
さすがに副社長と結婚して、そのままとどまっているつもりは、私にはない。
しかも元秘書となれば、なおさらで。
たとえ私が気にしなかったとしても、周りがやりづらくて仕方ないだろう。
だから私は、ヤマトさんと結婚できるなら、その前に会社を移りたい。
というか、移らなければならない。
ずっと、そう考えていた。
ヤマトさんは、今初めてそのことに思い至ったんだろう。
さっきまでの元気はどこへやら、軽く唇を噛んで、物思いに沈んでしまった。
「ごめん、すず。俺ほんと考えなしで。ひとりで浮かれて」
「私も、浮かれてますよ」
そうなの、とすがるような目が、私を見る。
私はその首に腕を回して、頬にキスをした。
「変化とか出会いは、楽しいものだって、教えてくれたのは、ヤマトさんです」
「そうだっけ」
そうですよ、と答えて、唇にもキスをする。
いまだに私から積極的に出ると、照れてしまって仕方ないらしいヤマトさんは。
やっぱり耳元を少し染めて、仕切りなおしたいのか、ちょっとごめん、と私を引きはがした。