ヴァイス・プレジデント番外編
「お食事中にお水を召しあがるのは、消化によくありませんわ」
役員の食事は、前もって予約しておけば、特別メニューを食堂が用意しておいてくれる。
外食したり買いに出たりするより楽で、栄養バランスもいいため、会長はこの方法がお好みだ。
そして、まれに私を同席させて、食べながら仕事をするのが彼のくせだった。
いつも気になっていたことを指摘すると、会長は、じっと黙りこんで、わずかに顔をしかめた。
「家内も同じことを言うよ」
「でしたら改めてくださいませ。ただでさえ、お仕事なさりながらのお食事なんて、胃によろしくないんですから」
食堂の食事は、必ず一汁三菜の形が守られているから、水分が足りないことはないはずだ。
単に、習慣なんだろう。
会長は渋々といった様子で、水のグラスをトレイの外に置いた。
私はそれを、手の届かないところまで引きあげる。
「お食後には、お茶をご用意しますわ。メイソンのグリーンティをいただきましたの」
「楽しみだね」
若干ふてくされているように見えなくもないその顔が、たまらなく素敵で愛しい。
お箸を動かしながら会長が、業界内のフォーラムで登壇する際の、軽いスピーチの下案を口述する。
私は、ひざに置いたノートPCでそれを打った。
プログラマである会長に、口述筆記なんて不要なんだけれど、あまりの多忙さに、こうして時間を節約することもある。
そうでもしないと、この人は簡単に、食事を抜くほうを選んでしまうからだ。
前任の秘書である和華からも引き継いでいたとおり、元開発者だけあって、彼は熱中すると、平気で寝食を忘れてしまう。
いつまでも、若いつもりでいたら、いけないということを、教えてさしあげなければ。
ボスの健康管理も、秘書の務めだもの。