ヴァイス・プレジデント番外編
あのふたりは微笑ましくなるほど仲がよくて、いいパートナーだった。

仮にそんな流れで始まったとしても、流されっぱなしになるほど、すずちゃんはお人よしじゃない。


だよね、と自分に言い聞かせるようにうなずきながら、延大さんが煙草を消して、私に腕を伸ばす。

彼の重みを受けとめながら見あげる斜めの天井には、綺麗なシルクスクリーンの世界地図が一面に貼ってある。

兄というのも気苦労の多い立場みたいね、と私はもうすっかり見慣れたその地図を肩越しに眺めた。


もう何年、こんな関係を続けてきただろう。

彼が31歳になる春からだから、もう4年?


その間に、彼は私にとって、唯一無二といっていいくらいの心を許せる存在となり、なぜか彼も変わらず、私を可愛がりつづけてくれた。

好きという言葉も、ないまま。


 * * *


「今の会社を、出ようと思ってるよ」

「え?」



なんだかんだで今でも続いている月一回程度の食事の時、彼が言った。



「独立されるの?」

「そう、できたら日本を出たい」



日本を。


私は延大さんと一緒の時だけはお酒を飲むようになっていた。

酔って、少し浮かれて口が軽くなるのも、彼が相手だと不思議と嫌悪感もなく、むしろ普段より正直に甘えやすくなる自分を、楽しんですらいた。

けどこの時は、飲んでいた日本酒のほどよい酔いが、ふっと引いていくのを感じた。

年度末の決算に向けて慌ただしくなる前にと、静かな半個室のお座敷で、ゆっくりと熱燗を楽しんでいたところだった。



「…いつ?」

「来期早々」



少し申し訳なさそうに微笑んで、彼が私のおちょこにお酒を注いでくれる。

来期って、もうすぐじゃない。

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