ヴァイス・プレジデント番外編
* * *
「まだ、役員しか知らないことだが」
「お知らせくださって、光栄ですわ」
珍しく、出社するなりCEOが私を部屋に呼んだ。
緊急の用件にしても少し雰囲気が妙だと、マフラーとコートを預かりながら首をひねっていると、CEOを退任する、と告げられた。
「顧問、という立場に退くつもりだ」
「専属秘書は、不要になりますわね」
重厚な黒のスチールのデスクについたCEOが、静かにうなずく。
備えつけのクローゼットにコートをかけると、私はデスクの前に戻った。
目が合うと、彼は私の言わんとしていることを察したのか、少し眉を寄せる。
私はにこりと微笑み、この数年、毎日誰よりも近くで見守ってきた、敬愛してやまない紳士を見つめた。
「次の職を、探しますわ」
彼のいないここに、私は耐えられないだろう。
なんだか潮時という気がした。
延大さんも去った。
CEOも去る。
ならば、私も去ろう。
「私が申し分なく仕事に没頭できたのは、安杖君のおかげだ。感謝するよ」
深くて優しい声は、時折、彼を思い出させる。
あの独特の、まろやかに響く声を脳裏に呼び起こさせる。
私はふと何も言えなくなり、無言で首を振った。
「まあ、3月の話だ。まだ先だがね」
「きっと、すぐですわ。楽しい時が、いつだってそうであるように」
CEOが目を細めて笑う。
ふいに私をじっと見つめたかと思うと、少し視線を落として、自問するように口を開いた。
「延大の見合いは、私が勧めたんだ」