ヴァイス・プレジデント番外編
「カズが、結婚だってさ…」
「まだ言ってるの」
式を目前に、まだ、ありえない、などとこぼす彼にあきれながら、帰国の準備を整える。
5歳になる息子と3歳になったばかりの娘が、競うようにクッキージャーを開けて、ほうろう製の蓋を床に落とし。
ガランガランというけたたましい音が、吹き抜けを通してこの寝室にも届いた。
「慶太(けいた)、さくら、こっちにいらっしゃい!」
1階へ呼びかけると、はいママ、という子供らしい威勢に満ちた声と共に、軽い足音がふたりぶん、にぎやかに階段を上がってくる。
寝室に転がりこんできたふたりを抱きとめた延大さんが、だってさあ、と途方に暮れたような声を出した。
「俺、カズのおむつ替えてたんだぜ。それが結婚って、どういうことよ」
「そういうこと持ち出すから、おじさん扱いされるのよ」
日本へ行くなら、ついでに寄りたいところがたくさんある。
そのどんなシーンにも対応できるよう服を選ぶだけで、ひと苦労だ。
「あんな素敵な人が、今までしてなかったことのほうが驚きだわ」
「素敵なもんかい。あいつの20代の戦績は、ヤマトに勝るとも劣らないよ」
くだらないこと言ってないで手伝って、と靴下を投げつけると、彼がようやく子供たちの遊ぶベッドから降りてきた。
「男の人って、いい歳しても、そんな話をお互いにするものなの?」
「いや、ふたりで会うとさ、お互い自分の話をしなくて済むよう、残りの誰かの話を持ち出すだろ」
それで、常に誰かひとりが噂の標的になるのか。
3人とも多忙なので、兄弟全員が集まる機会も減っている中。
最も遠くにいるこの長男なんて、下のふたりに何を言われているかわかったものじゃない、とため息が出た。