ヴァイス・プレジデント番外編
朝は、笑って送り出して。

綺麗な家と温かい夕食で、お帰りなさいと迎えて。

いいことがあったら、一番好きな料理でお祝いして。

熱を出したら、食べやすいものとフルーツを持って、一日そばにいてあげるの。


どうしてそれを、私は忘れていたのかしら。

どうしてそれを、当たり前だと、私は思っていたのかしら。


この子たちはそうした記憶を、大きくなった時、どんなふうに思い出すのかしら。

どうか私のように回り道をしないでと言いたいけれど。


結局は、いくら親子といったって、すでに彼らの人生は彼らのものなのかもしれないわね。

願わくは、どう遠回りをしようと、一番幸せな満ち足りた道に戻ってこられますように。


親にできるのは、そう祈ることくらいなのかもしれない。



延大さんの携帯が鳴り、親父だ、と出た彼が、少しやりとりをした後、私を呼んだ。



「話したいって」



ふてくされたように言う彼の手から携帯を受けとり、我ながら弾んだ声で出る。



「お義父様?」

『変わりないかね』



いまだにかくしゃくとし、いくつかの会社の顧問を続けている彼の声は、最前線で働いていた時より穏やかで甘い。

少し緩んだ、あの独特の響きで久良子君、と呼んでもらうたび、私は初めて彼づきの秘書となった、あの日の感動を思い出す。



「ええ、明後日にはそちらへ寄らせていただきます」

『気をつけて、家内も楽しみにしているよ』



お義母様によろしくお伝えください、と電話を切ると、延大さんが子供ふたりに抱きつかれながら黙々と荷造りの続きをしていた。

慶太を呼び寄せて抱きかかえると、延大さんの隣に座る。

< 61 / 151 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop