ヴァイス・プレジデント番外編
「はい、どうぞ」
「どうもありがとう」
喫茶スペースに並んで座る私と暁に、和之さんがドリンクを持ってきてくれる。
安っぽいプラスチックの椅子に、こんなにふさわしくない姿もあるまいと、私は隣の暁を眺めた。
暁の実家は、北関東と北陸の境目あたりにある豪邸だったはずだ。
敷地に入ってから家が見えるまでしばらくかかるとか、冗談でなく、本気でそんな感じの資産家の娘だ。
なのに彼女自身は、趣味といえば麻雀に競馬、加えて重度のヘビースモーカー。
今も喫茶店の喫煙ブースで、煙草をくわえてレースの予想を立てている。
透けるように白い肌に、漆黒の艶やかな髪。
日本人形のように整った顔立ちに、贅沢に瞳をふちどる豊かなまつ毛。
アイボリーのシフォンのワンピースはどこから見てもお嬢様で、こんな煙草くさくしちゃっていいのかとこっちが心配になる。
「決めたわ、3-8に賭ける」
「暁さん、午前中のレース見てなかったでしょ。彼、第3レースで落馬しましたよ」
「嘘」
和之さんの言葉に、暁が目を見開いた。
もう一度新聞に目を戻し、桜貝のような爪を宿した指に煙草を挟むと、美しいピンクの唇を噛む。
少しして、いいわ、と決然と顔を上げた。
「それでも変えない。3番から流して、保険で8からも数頭流すわ」
「僕は8が軸ですよ。お互い、いい結果になるといいですね」
ふふっと笑いあうふたりは、とても競馬の話をしているようには見えない。
そもそもこんな場外馬券場なんて場所で、当たり前のように顔なじみであることが、どうかと思う。
休日、一緒に買い物をしている最中に「ちょっと寄っていい?」とつれてこられた私は、ケミカルな香りのアイスティを飲みながら、ワイドがどうの夢馬券がどうの言っているふたりを遠巻きに眺めた。