許嫁な二人
突然出てきた透の名前に、唯の心臓がとくんとはねた。
「透が飛行機の設計士になりたいって夢をかなえるために
東京の大学へいくのは知ってる?」
飛行機関係の仕事につきたいから、航空機学科のある大学をうける
ということは聞いたけれど、それが東京だとは、唯は知らなかった。
「透は夢をかなえるために、ほんとに勉強してた。
中学のとき荒れて、一時はふつうに進学も危ないかもって
思われていたけど、持ち直してからはすごかった。
子供の時からの夢だもの。私も叶えてほしいと思う。
ずっとそばで見てきたんだから。」
「荒れてって?」
「あら、知らなかったの?まあ、あなたが東京へ行ってからの
ことだから、知らなくても無理ないわね。
透がどんな風になっても、私は透のこと信じてた。
荒れた透から、みんなが離れていっても
私だけは彼のそばにいたの。
だから、何も知らないし、何もしてこなかったあなたに、
透のまわりをうろうろされたくないわ。」
そう言って、美しく手を組み合わせると、その上に顔をのせ、
佐伯は首をかしげてみせた。
「私と透がどういうか関係か、あなただって知っているでしょう?」
唯の肩がぴくんとはねた。
「もっとも私と透は東京へいくし、あなたはここに残る。
あなたがどんなに頑張ったって、透には手は届かない。」
そう言って、佐伯は立ち上がった。
「もう二度と、私と透の前に顔をみせないで。」
最後にそう一言、唯に向かって言葉をおとし、佐伯は店をでていく。
あとに残された唯は、身じろぎもせず、ただ冷めていくコーヒーを見つめていた。