雨のようなひとだった。
その喫茶店へ足を踏み入れたのは本当に偶然だった。
新規の打ち合わせ先から社へ戻る前、時間に余裕があった事といい手応えを得られたことの自分へのご褒美を兼ねてひと息つこうと普段は降りない駅で降りた。
小学生の頃は道草好きのクソ小僧だった俺はこの年になっても慣れない土地を歩くことは楽しくて、しかも大通りから少し離れた脇道にある喫茶店なんて、わくわくしないはずがなかったのだ。
『こちらこそ、いつもありがとう』
きっちり目線を合わせて釣り銭を渡される際にそう応えると、彼女は改めて微笑んでくれる。
俺が知っている彼女の姿は、これだけ。
この半月、この姿を見るために週に数回は通い続けていた。