雨のようなひとだった。
夜の九時を回ると既に忙しさはひと段落し、店内にはほぼ常連と言っていい顔なじみの連中ばかりになってきていた。
互いに言葉を交わすことはない。
職業どころか年齢さえ知らない。わざわざ探るような真似もしない。
ただいつもの時間にいつもの見知った顔が点在することに、どこかほっとするものがあるのが不思議だ。
ひとりが好きでも、独りじゃないと思える場所。
店内をぐるりと仰いでいた首を元に戻し、改めて視線をマスターの背に戻す。
「……なあ。マスター」
「はい?……ああ失礼、今は目をこちらから離せないので」
背を向けたままのマスターは肩越しに俺を見遣って頭を下げながらも、丁寧に返してくれた。
「勿論そのままでいいです。なんつーか……この店の雰囲気って、いいっすよね」
「おや。嬉しいですが…どうかしましたか?」
「いや……改めて思ったっていうか」
「ほう」
コポコポと心地のいい音と重なるマスターの声は穏やかだ。