雨のようなひとだった。
そんな時に出逢ったのが、彼女だった。
仕事の成功と引き換えに失ったものの大きさに気付かされた俺が訪れたあの店で、『ご褒美にイイ珈琲を飲もう』という表向きの理由をマスターにも話した記憶がある。
そうですか、と皺を刻みながら頷いていたマスターはきっとあの時にはわかっていたんだろう。
『初めて来たとは思えないくらい、落ち着きませんか?』
瞑った瞼の裏にあの日の彼女が浮かんだ。
そうだ、珈琲を持ってきてくれた時にそう言って彼女は笑っていた。
『私もそうだったからわかります。……癒してくれる素敵なお店なんですよ』
「……そうだったから……癒してくれる……」
脳裏の彼女と同じ言葉を口の中で繰り返す。
どうして忘れていたんだろう。
ベッドから飛び起きてドアまで一気に走り寄った。
ノブを握りかけて――――そこから先に飛び込んでいく勇気が出ない。