水が降りるとき


ぼんやりとした頭で考える。

ここはどこだろうか、と。


遠くでは何かが慌ただしく動いている気配がする。

でも、はっきりと聞こえたわけじゃない。


ゆらゆらと揺れる景色。

それが近づいてきた。

走り回るナース。運ばれていく急患。それに呼び掛ける家族らしき人たち。

なんとなく病院なのだろうと察した。


だとすれば、なぜこれはセピア色に揺らいでいるのだろうか。

そこまで考えが至ったとき、場面が換わった。


目の前には公園があって、自分が幼い頃、よく弟と遊んだ場所だと思い出す。

そう思って、気づいた。
弟とは誰だろう。そんなものがいただろうか。

公園に、二人の子供が入ってきた。わたしの横をすり抜けて、笑顔で駆けていく。どうやら少女の方が姉で、もう一人が弟らしい。その弟が、少女を呼ぶ。

そこで思い出した。少年が口にした名は、わたしのもの、だった気がする。しかし、わたしはそんな名だっただろうか。


またも場面が切り替わる。それでなんとなく、これは夢なのだろうな、と思った。だとするならば、わたしはいつになれば目を醒ますのだろうか。


切り替わったその場面もまた、ゆらゆらと揺れるセピア色に沈んでいて。なんとなく、紅茶の底にでもいる気分だ。

映されたのは音楽室で。誰かがそこで泣いていた。泣き声を殺して踞る少女に、なんとも言えない気持ちがして、そっと近寄る。


……泣かないで。


少女は俯かせていた顔をあげてこちらを見た。
セピア色のなかから見つめられるのは初めてで、少したじろぐ。

でも、すぐに気づいた。
いつのまにかわたしも、セピア色のなかにいて、ゆらゆらと揺れるそれに自分を映していた。


立ち上がった少女は涙をこぼしながら歪に微笑み、嬉しそうに近寄ってきて、両手を伸ばす。

苦しい。

そう思ってやっと認識した。
少女の伸ばした両手は、わたしの首を捉え、絞めている。
でも、苦しい顔をしたのは彼女だった。

ふと、彼女の顔に覚えがあるような気がした。よく見つめてみるが、わからない。
だんだんと息ができなくなっていく。死にそうに苦しいはずなのに、夢だからだろうか。あまりそれを感じない。ただ、彼女の顔を思い出そうとしていた。

ぼんやりとした頭は、とくに何かを思い出させてくれるわけでもなく、彼女に首を絞めさせている。

不意に、鏡が目にはいった。この少女の顔が映っていた。

……違う。あれは、わたしの顔だ。

そしてわかった。この少女は、わたしなのだと。
ならばどうして、彼女はわたしの首を絞めるのだろう。


そしてまた、場面は替わる。泣きながら、苦しいと訴える少女を残して。


気づけばわたしは白い部屋のなかにいた。
そこはセピア色じゃなかった。帰ってきたのだと、なんとなくわかった。
でも、わたしの頭はぼんやりとしたままだった。


……大丈夫ですか?


そんな声が聞こえた気がしたが、わたしはまた、ゆっくりと、セピア色に沈んでいく。

微睡みのなかに潜って。
そしてまた、夢を見る。
セピア色の夢を。

ゆらゆらと揺れる景色のなかで、あの子はまた、泣いていた。








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