水が降りるとき
“運命の赤い糸”
なんて言葉をよく聞くけど
僕の世界に赤い糸なんてものは存在していない
あるのは運命の翡翠の糸
空からすっと降りている無数の糸
透明な細い糸
チカチカと、陽の光で輝く白銀の糸
地平線から伸びる糸
どこから来たのかわからない
けれど確かにそこにある
無数にある、行く末の糸
道を決める、透き通った翡翠の糸
僕の世界には、たくさんの糸が存在している
美しく煌めく細い糸
けれど、僕らをとりまくこの美しいものは、僕以外の人の目には映っていないらしい
街を歩くと、本当にたくさんの糸がある。
例えば、空から降りてくる糸。
僕はあの糸は地へと延びているのだと思っていたけれど、最近そうではないことに気づいた。
あれは、あの糸は、“人”
綺麗な心なら、美しい白銀の糸。
鈍い色になっていたら、その人の心も沈んでいる。
あ、ほら、ちょうどあそこにも。
先が黒ずんだ糸がある。
空に近い方はまだ綺麗で、雫がついているのに、その雫が落ちていきながら糸を黒くしているんだ。
あの雫は、涙。心が流す涙。
ほら、よくいるでしょ?辛くても泣かない人……いや、泣けない人。
あの人たちもね、ほんとは泣いてるの。
心が泣いてるの。
あ、ダメだ。あの人、もうキレイにならないね。真っ黒に染まっちゃった。涙が黒く濁った。
本当は純粋で美しかったはずの涙が、黒く、黒く、そうして白銀の美しさを失わせるの。
恨みとか、憎しみとか……。
純粋な悲しみの涙がいつの間にかそういうものに変質してしまうんだと思う。
もったいないね。
あんなに美しいものを自分で捨ててしまうのだから……。
少し、ほんの少しだけ、悲しくなってうつむいた。
そんな僕の目の端に……
あ、あっちで何か光った!
僕の視線にあるのは、たぶん翡翠の糸。
運命を決める糸。
これは過去にも繋がっているから、死んでしまった人に繋がる翡翠の糸は過去しか輝いていないし、未来の糸はくすんで途切れてしまっている。
近寄ってまじまじと見つめてみる。
僕が見つけた光ったモノは、やっぱり翡翠の糸。でも、いつも見るのと様子が……。
僕が考え込むと、その糸に別の糸が絡まり出した。
ビックリして顔をあげると、最初の糸の人が女の人にプロポーズをしているところだった。
この糸の感じを見るに、たぶん返事はyes
人が交わるときって、糸も交わるんだねぇ……。初めて知ったよ。
心なしか、糸の交わった点がいつもよりも輝いて見える。そのまま見つめていれば、その交点に、ふんわりと赤い花が咲いた。その先の糸もほんのりと桃色に色付き、淡い赤色の光を帯びている。
ふと、考える。
人と人を繋ぐ糸を、“運命の赤い糸”なんて称するのは、大昔の誰かが、僕と同じ光景を見たからだろうか……。
沈んでいた心が温かくなったような気がした。
僕の世界には無数の糸がある
美しく輝く細い糸
生き物の命を表した糸
僕だけに見える世界だけれど
独り占めするには美しすぎて
ちょっぴり寂しいような気がしていた
だって、素敵なモノを見たときは、誰かと一緒にこの景色を見られたら…って、考えてしまうでしょう?
いつかの昔に赤い糸を見た人も、同じことを思ったのかな。
そう思えば、一人なのに、独りではないような気がした……。
。゚.:*:.゚。僕の世界には糸がある゚.:*:.゚END。゚.:*:.゚。