水が降りるとき
あいつは鬼の子。
だからこれはいじめじゃない。正義の味方は敵をやっつけてるだけなんだから。
かわいそう?
そんなわけないよ。あいつ、泣かないし、叩いても殴っても蹴っても、痛そうな顔もしないもん。
「この村からでてけよー」
「鬼の子なんだろー!」
「鬼はおとなしく山奥にでもこもってろよー」
みんなが口々に言う。
あいつの父さんは鬼だ。母親は人間だけど。ぼくらの母さんたちは、口をそろえてこう言う。
“あの子とは仲良くしちゃだめよ”
“あの子は鬼の子なんだからね”
だからぼくらは鬼たいじをするのだ。まいにち、まいにち。
ある日、あいつが膝をついてうつむいてるのを見つけた。夜も近い時間の薄暗い林の入り口。いつもみたいに傷だらけで。
“いいこと?ひとりであの子に近寄っちゃだめよ?あの子は鬼の子なのだから”
母さんの言葉を思い出して、すぐに背を向けて歩きはじめる。気づかなかったことにして。けど、すぐにまた足を止めてしまった。だって、あり得ない音が聞こえたのだ。
鬼はわるいやつ。わるいやつは泣かない。わるいやつはわるいことしか考えないから。わるいやつは冷たいから。わるいやつは悲しむ心がないから。だからわるいやつは泣かない。だから、鬼であるあいつも、泣いたりしない。
実際、ぼくらが鬼たいじをするときだって、ただただ無表情で、うめき声ひとつあげないんだ。
じゃあ、じゃあ、今、ぼくの耳を震わせている泣き声は、だれのもの?
この、人気のない林の入り口で、ぼくみたいな子どもはもうみんな帰っているような時間に、ぼくくらいの男の子の泣き声が聞こえるとしたら、じゃあ、だれ?
うしろのあいつ以外に、ここには、だれがいるの?
「あ、ああ……」
少しよろめいて、木の葉を踏んだ音が静かな空間に響く。まだそんなに離れていなかったあいつとの距離。一瞬視線が絡んだのに気づかなかったふりをして、急いで家に帰った。
気づけば走り出していたぼく。視界をちらつくのは、通りすぎて行く木々じゃなくて、まるでぼくらと変わらないような泣き顔。
いやだ、いやだ……いやだ!!ちがう!!
次の日、またぼくはみんなと鬼たいじをする。
「この鬼の子め!」
「れいてつひどうな鬼の子め!」
その瞬間に呟かれた言葉と、冷えきった眼に、息が止まった。
「はっ、鬼はどっちだ…」