早春譜
 「これ、美味しいね。アルコール類は未成年だと手に入れ難いだろ?」


「美紀さんに戴きました。お父さんのために用意したのが余ったそうです」


「あっ、例の元プロレスラーの」


「そう、平成の小影虎と呼ばれていた方です」


「そのお陰で騒がしかったんだよね。あの双子の実力だけじゃなかったようだね」


「いいえ、あの双子の実力だと思います。成長ぶりはたいしたものです」


「流石野球少女だな」


「野球少女か……」


「本当はまだマネージャーになりたいと思っているんろ?」

淳一の言葉に素直に頷いた。


でも詩織は気付いていなかった。
淳一と句会を開く度に、どっぷりその世界の魅力に嵌まっている事実に。




 「ねえ先生」


「あれっ、俺だけが呼び捨てか?」


「だって先生は人生においても先輩だもの」


「それでさっきのは?」


「あっ、あのね色々な歳時記を教えてほしいと思って……例えば、節分句会のような……」


「恵方巻きのことかな? この前親父が言ってたよ。平成十年にコンビニが大阪の風習を真似たんだとね。その頃親父はジャーナリストをする傍らでコンビニでアルバイトをしていて、オーナーが説明会を開いてくれたそうだ」


「説明会?」


「ほら、新商品なんかをお客様に知ってもらうためにはまず店員を教育させるそうだ。試食などもあったそうだ」


「見本かなんかを食べるとか?」


「そうかも知れないな。親父は其処で色々と学んだそうで後々役に立ったそうだよ。でも何時だったか、従業員のロッカーが荒らされることがあったそうだ」


「そんな場に入れるんですか?」


「そのコンビニはトイレが奥にあったそうだ。其処へ行く振りをして金品を懐に入れたそうだ。バイトして貰った給料を取られたようだ」


「お父様可哀想」


「親父の給料が戻ってきたのは暫く経ってからだそうだ。俺は気付かなかったけど、相当困惑していたそうだ」


「どうして気付かなかったの?」


「その頃から親父と二人暮らしだったんだ。だから売れ残りのコンビニ弁当が多かったからだよ」


「売れ残り?」


「コンビニのオーナーが責任を感じて……でもないな。父子家庭だと知っていたから、便宜を図ってくれたみたいだ」


「アルバイトをしながらジャーナリストなんて大変なんだったのでしょう? まして先生を育てながらじゃ」


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