早春譜
 東向きの玄関の前には階段。
風水好きな珠希の妹・有田沙耶(ありたさや)は、この物件の購入を辞めさせようとしていた。


中古住宅。
オマケに鬼門の玄関。唯一の救いは東から入ること。
一番に朝日を浴びられるので、理想的とされていた。


その玄関に直面した階段。
これも凶相だと言う。

対処法は、少しだけでも隠すこと。
のれんでも効果があると言った。


そんな忠告を無視して此処を選んだ理由は、正樹のトレーニングが可能なスペースがあったからだった。

おまけに寝室横に八畳程あるルーフバルコニーがあった。
それが一番の魅力だった。


其処からは、地元で開催される花火大会が見えた。
それが家族を癒やしてくれる。
珠希はそう思っていた。


それにこの場所は高校時代二人が良く通っていた無料のスポーツジムのすぐ傍だったのだ。




 二階には三部屋あった。

階段を登りきった所にある僅か一畳程の廊下に四つのドア。
その一つが、ルーフバルコニーに繋がっていた。


夜は星や花火見物。
昼は洗濯物干場やバーベキュー。
此処は多種多様のイベント会場にもなっていた。

プロレスの試合で体を酷使している正樹のために、くつろげる空間造り。


それが珠希の一番の仕事だったのだ。


その珠希が交通事故で突然亡くなって以来、それが美紀の仕事となっていたのだった。




 スポーツが中心な家族。
その体力と気力作りをサポートするためだったのだ。

食事スペースを邪魔にならないカウンターにしたのもそんな思いがこもっていた。

お腹を空かせて帰る子供達のために、キッチンはコンパクトにまとめられていた。

長のれんをくぐると直ぐにある冷凍冷蔵庫は観音開きで、側面を壁側にしてあった。
左手のドアには食品。右手のドアには手作りドリンクが並べてあった。
練習を終えて帰宅した子供達が、冷蔵庫に回り込まなくても良いようにと考えた珠希の知恵だった。


麦茶、蜂蜜ドリンク、紫蘇ジュース。
それらは子供達の成長を考えて、極力市売品避けた親心だった。


駐車スペースは将来のために、三台分あった。
その残りの庭で家庭菜園もしていた。

其処にはジュースのための紫蘇、味噌汁のための薬味もあった。

家族で育てた新鮮な野菜で作るサラダ。
それも珠希の笑顔と共に元気の素となっていた。



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