Time Paradox
ジャックは吹き付ける雪混じりの風から逃げるように駅へと向かった。

モンフォワーシュの街を歩いていても視線を向けられる事の多いジャックだが、この街ではほとんどの人に好奇の目を向けられてしまうようだ。

ジャックはどこか居心地の悪さを感じながらも、この街では自分も金持ちな人間に見えるようだと思った。


だが、ふと風が止んだように感じ、ジャックは顔を上げると、進行方向の斜め前に大きな城跡が見えた。

何年も手入れされていない、少しグレーがかった城壁にしんしんと雪が降り積もり、何とも言えない情緒ある美しさを醸し出していた。

ジャックはその景色に、リリアーナが初めてモンフォワーシュに来た夜を思い出した。


“…きっとルッケルンガルの街も、同じくらい綺麗だったはずなのに…どうしてちゃんと見ようとしなかったのかしら…。”


2人でサンドイッチを食べながら、ボートに乗って夜景を見ていた時、彼女がそう言ったのだ。

美しい景色も大きな感動も、つい見落としてしまいがちだが、普段の生活の中にこそ、そういったものが転がっている。

きっと彼女はそう言いたかったのだろう。


ジャックは駅に着いてすぐに、モンフォワーシュ行きの列車に乗り込む。

モンフォワーシュ行きの列車は、人間であるルッケルンガルの人々には見えないようになっている。

ルッケルンガル行きの列車に乗るときにあらかじめ帰りの列車も予約をし、帰りのモンフォワーシュ行きの列車に予約した人数全員が乗ったのかを確認してから発車する仕組みになっているのだ。


ジャックは座席に座ると、早速例の絵本『ブルー・トパーズ』を開いた。

それにしてもジャックは、なぜこの絵本のタイトルがブルー・トパーズなのかが疑問だった。

あの内容なら "ハンナの冒険" だとか、 "タイムトラベル" あたりが妥当だろうとジャックは思っていた。

だがそもそも、それらの方がセンスに欠けているし適当過ぎる気がするのだが。


そんな事よりも、わざわざ人間界に出向いてまでこの絵本を取りに行った目的を達成するのが先だ。

ジャックは絵本に目を通すと、一番知りたかった場面まで読み進めることができた。

ハンナは妖精を呼び出す為に自分の一番好きな子守唄を歌い、出てきた妖精がハンナに条件を持ち出してくるようだ。

与えられた条件を果たさなければ救ってくれないとは、何ともシビアな妖精だ。

だが一つ、ある問題が浮上した。
それは、その条件というものが何なのかが絵本を読んでも分からないことである。

絵本に出てくる妖精には、"これを持って来てくれたら過去に連れて行ってあげるわ" という台詞しかないようだ。

絵本の中で状況を説明する文にも、"ハンナは何日もかけて探し求め、ついにそれを見つけました。" としか書いていないのだ。

なぜこんな大雑把な絵本にリリアーナは疑問を持たなかったのだろうか。

そして、なぜこの絵本を書いた老紳士はもっと分かりやすいヒントをくれなかったのだろうか。

ジャックは絵本を仕舞うと、シートに深く腰掛けて考えた。
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