Time Paradox
デイジーはモーリスの部屋に行ったついでに、庭へと足を踏み入れた。
庭にはたくさんの花の香りが立ち込めていて、ガラスでできた温室には、かぼちゃなどの野菜も生っている。
優雅なパーティーの音楽は、デイジーのいる庭まではっきりと聞こえる。
デイジーはその少し憂いを帯びたワルツに耳を澄ませ、くるぶしまである長いスカートの裾を掴むと、優雅に踊り始めた。
メロディーに合わせて鼻歌を歌い、目を閉じてモザイクに包まれた相手とステップを踏む。
デイジーはパーティーが行われる晩、こうして人知れずダンスを踊ることが楽しみなのである。
やがて曲が終わると、モザイクのかかった相手にお辞儀をして目を開ける。
と、そこには本物の人間が立っているではないか。
「なかなか上手に踊れていたと思うよ。ただ相手がいないからしょうがないのかもしれないけど、リードするのは男性だからね?」
ありがたき講評をくれたのは、なんとさっきまで壁の花になりつつあったルーカスなのである。
「あ、あの…ごめんなさい!私は、その…」
デイジーは怒られるのではないかという不安と、一人でエアーワルツをしているのを見られた恥ずかしさで顔を上げられなかった。
だが頭を下げていても視界に入ってきたのは、手袋をはめたルーカスの白い手だった。
「…次の曲が始まるけど?」
顔を上げると、自分に向けて暖かい笑顔を向けているルーカスと目が合う。
ルーカスの白い手にデイジーの手が乗ると、ちょうどよく音楽が流れ始めた。
デイジーの緊張も徐々に解れていき、やがてルーカスのリードに任せるようになってくる。
デイジーは今自分が着ているのがこの屋敷の使用人の制服ではなく、スカートの膨らんだ美しいドレスだということを想像した。
そして次に、今いる場所が屋敷の外の庭ではなく、あの広いキラキラとした舞踏室の真ん中である事を想像する。
そして目を開けると、その情景が覚める事なく広がり、ルーカスの優しい微笑みが自分に向けられている。
途中デイジーは、これは夢だろうかと何度も思った。
だが、回転するたびに感じる空気の冷たさも、ルーカスの手袋越しに伝わる手の温かさも本物だ。
そして何より、夢の中でこんなにも脈が速ければ、とっくに目覚めているはずだ。
ルーカスの方を見ると、暗い庭では黒く見える藍色のアーモンドアイがデイジーを捉えている。
あっという間に曲は盛り上がっていき、遂に終わりが来てしまった。
デイジーは貴族の女性がするように膝を折ってお辞儀をすると、手の甲に落ちてきたルーカスのキスを受け止めた。
「…お上手です、デイジー王女。」
「とんでもございませんわ、ルーカス王子!」
二人はそんな冗談に吹き出すと、手が触れるか触れないかの距離で庭を並んで歩いた。
「私ずっと、ルーカス様がどうして誰とも踊らなかったのかが不思議だったんです。どうしてですか?」
ルーカスはよく考えていたのか、デイジーの質問に間を置いて答えた。
「…僕は昔、ダンスのレッスンの先生が嫌いでね…僕が下手だったからというのもあるんだろうけど、兄さんとイザベラを露骨にひいきしたんだよ。それで僕は下手下手って言われ続けて、ダンスが楽しいと思った事なんて一度もなかった。
くだらない理由だろう?
それに比べてデイジーは上手だったけど、習ってたのかな?」
「…習っていたと言うほどではなくて。ただ、小さい頃母が教えてくれたんです…ほんの基本的なことだけでしたけど。あとはパーティーで踊っている人達を真似て…恥ずかしい…」
デイジーはそう言って顔を赤くするが、ルーカスは大袈裟な程に驚いた。
「見よう見まねで覚えたのか?それであんなに上手いなんて…!」
「いえいえ、ルーカス様の方が!だって私、途中から意識飛んでたのに…!」
デイジーは嬉しそうにそう言い、ルーカスと張り合った。
「でも、君のお陰でダンス嫌いが治ったよ。楽しかった、ありがとう。」
「そ…そんな!私の方がお礼を言いたいくらい…夢を見させていただきました。ありがとうございました!」
デイジーはそう言って頭を下げると、ルーカスが手を差し出した。
デイジーが首を傾げていると、ルーカスはそんな彼女の手を再び握って歩き出した。
デイジーは、もしこれが夢だったら飛び起きてしまうのではないか、というほど驚いていたが、彼は今までにないくらい幸せそうに笑っていた。
こうしてそれぞれのパーティーの夜は更けていった。
庭にはたくさんの花の香りが立ち込めていて、ガラスでできた温室には、かぼちゃなどの野菜も生っている。
優雅なパーティーの音楽は、デイジーのいる庭まではっきりと聞こえる。
デイジーはその少し憂いを帯びたワルツに耳を澄ませ、くるぶしまである長いスカートの裾を掴むと、優雅に踊り始めた。
メロディーに合わせて鼻歌を歌い、目を閉じてモザイクに包まれた相手とステップを踏む。
デイジーはパーティーが行われる晩、こうして人知れずダンスを踊ることが楽しみなのである。
やがて曲が終わると、モザイクのかかった相手にお辞儀をして目を開ける。
と、そこには本物の人間が立っているではないか。
「なかなか上手に踊れていたと思うよ。ただ相手がいないからしょうがないのかもしれないけど、リードするのは男性だからね?」
ありがたき講評をくれたのは、なんとさっきまで壁の花になりつつあったルーカスなのである。
「あ、あの…ごめんなさい!私は、その…」
デイジーは怒られるのではないかという不安と、一人でエアーワルツをしているのを見られた恥ずかしさで顔を上げられなかった。
だが頭を下げていても視界に入ってきたのは、手袋をはめたルーカスの白い手だった。
「…次の曲が始まるけど?」
顔を上げると、自分に向けて暖かい笑顔を向けているルーカスと目が合う。
ルーカスの白い手にデイジーの手が乗ると、ちょうどよく音楽が流れ始めた。
デイジーの緊張も徐々に解れていき、やがてルーカスのリードに任せるようになってくる。
デイジーは今自分が着ているのがこの屋敷の使用人の制服ではなく、スカートの膨らんだ美しいドレスだということを想像した。
そして次に、今いる場所が屋敷の外の庭ではなく、あの広いキラキラとした舞踏室の真ん中である事を想像する。
そして目を開けると、その情景が覚める事なく広がり、ルーカスの優しい微笑みが自分に向けられている。
途中デイジーは、これは夢だろうかと何度も思った。
だが、回転するたびに感じる空気の冷たさも、ルーカスの手袋越しに伝わる手の温かさも本物だ。
そして何より、夢の中でこんなにも脈が速ければ、とっくに目覚めているはずだ。
ルーカスの方を見ると、暗い庭では黒く見える藍色のアーモンドアイがデイジーを捉えている。
あっという間に曲は盛り上がっていき、遂に終わりが来てしまった。
デイジーは貴族の女性がするように膝を折ってお辞儀をすると、手の甲に落ちてきたルーカスのキスを受け止めた。
「…お上手です、デイジー王女。」
「とんでもございませんわ、ルーカス王子!」
二人はそんな冗談に吹き出すと、手が触れるか触れないかの距離で庭を並んで歩いた。
「私ずっと、ルーカス様がどうして誰とも踊らなかったのかが不思議だったんです。どうしてですか?」
ルーカスはよく考えていたのか、デイジーの質問に間を置いて答えた。
「…僕は昔、ダンスのレッスンの先生が嫌いでね…僕が下手だったからというのもあるんだろうけど、兄さんとイザベラを露骨にひいきしたんだよ。それで僕は下手下手って言われ続けて、ダンスが楽しいと思った事なんて一度もなかった。
くだらない理由だろう?
それに比べてデイジーは上手だったけど、習ってたのかな?」
「…習っていたと言うほどではなくて。ただ、小さい頃母が教えてくれたんです…ほんの基本的なことだけでしたけど。あとはパーティーで踊っている人達を真似て…恥ずかしい…」
デイジーはそう言って顔を赤くするが、ルーカスは大袈裟な程に驚いた。
「見よう見まねで覚えたのか?それであんなに上手いなんて…!」
「いえいえ、ルーカス様の方が!だって私、途中から意識飛んでたのに…!」
デイジーは嬉しそうにそう言い、ルーカスと張り合った。
「でも、君のお陰でダンス嫌いが治ったよ。楽しかった、ありがとう。」
「そ…そんな!私の方がお礼を言いたいくらい…夢を見させていただきました。ありがとうございました!」
デイジーはそう言って頭を下げると、ルーカスが手を差し出した。
デイジーが首を傾げていると、ルーカスはそんな彼女の手を再び握って歩き出した。
デイジーは、もしこれが夢だったら飛び起きてしまうのではないか、というほど驚いていたが、彼は今までにないくらい幸せそうに笑っていた。
こうしてそれぞれのパーティーの夜は更けていった。