Time Paradox
夕食後は予定通り、10時まで挙式の確認だ。
リリアーナとアドルフは、城に併設されているチャペルに来ていた。
指輪のデザインも話し合った挙式の担当者、ジルが張り切って説明している。
「演出としては、ここでお二人がゴンドラに乗って登場するというものもありますが…」
集中しなければいけないと分かっているが、リリアーナはジルが話している間にも時計を気にしてしまうようだ。
今はもう9時45分だ。
「ハンナ様は、どうなさいますか?」
「えっと…?」
リリアーナは何の話をしていたか分からなかったが、何とか考えていた。
「ゴンドラで登場するのね!さすがジル、斬新で面白いと思うわ!」
全くのトンチンカンな回答に、ジルもアドルフも苦笑いするばかりだった。
「ハンナ様…ゴンドラの話はもうとっくに終わっていますし、そもそもお色直しの時の再入場のタイミングでゴンドラを使うという案で決定したのですが…。」
言いにくそうにジルが言い、隣ではアドルフが呆れたような表情を見せていた。
「ごめんなさい、聞いていなかったわ…何の話だったの?」
「ですから、お色直しの退場の時にエスコートを誰に頼むかという話です。」
アドルフがため息まじりに言う。
「あぁ、私の…アドルフじゃダメなのかしら?」
「アドルフ様でもいいのですが、最近では身近な人にお願いする方も増えているとのことなので。」
「うーん、身近な人…」
そう言われて真っ先に思い浮かんだのは、やはりジャックの顔だった。
「いや、私にはあんまりいないしアドルフにお願いしたいわ。」
「分かりました、アドルフ様にお願いなさるのですね。」
ジルはそう言って決まったこと一つ一つをメモしているようだ。
そうこうしているうちに、3人がいるチャペルにも10時の鐘が鳴り響いた。
「今回の話し合いはこのような形で終了とさせていただきますが、大方の流れは本日のうちに決めることができたようです。次の話し合いは明後日の同じ時間に行います。」
3人は終了の挨拶を終え、チャペルを後にした。
リリアーナが急いで部屋に戻り、時計の針がもうすでに10時10分を指している頃、ちょうど部屋の扉をノックする音が聞こえた。
リリアーナは焦りを感じながらもドアを開けると、そこにはアドルフが立っていた。
「ハンナ様、こんな時間に失礼します。」
「いいのよ、全然!でもどうしたの?」
「いえ…」
アドルフが周囲を気にしている様子を見せたため、リリアーナは部屋に招き入れた。
「何か話があるんでしょう?」
「それが…何か僕に隠している事があるのでは?」
「隠してる事…?」
「ハンナ様が夕食に遅れる事なんで今までありませんでしたし、あんなに話を聞いていないことも滅多にありません。」
10時13分。
「そうね、自分でも思っていたの!なんだか今日はそういう日なんだなって…でも明日からはちゃんと集中するわ!」
時計の長針が動く音がした。
「ずっと時計を気にしていますよね?」
リリアーナはどきっとした。
「それは、ただ…」
「ただ?」
「ほら、今日夕食に遅れてきたでしょう?だから時間を気にする癖をつけなきゃと思って!」
リリアーナは約束に遅れるのではないかという焦りと、アドルフに見透かされているのではないかという緊張で、いつもよりも速く鼓動が脈打っているのを感じた。
そうこうしているうちに、また音を立てて時計の針が動いた。
アドルフが一歩前に出て、リリアーナとの距離を詰める。
「…アドルフ?」
リリアーナがそっと後ずさりをする。
「ハンナ様、本当の事を言ってもらえますか?」
「でも…」
アドルフがまた数歩前に出る。
リリアーナは警戒している印象を与えないよう、部屋の後ろの方に置いてあるソファーに浅く腰掛けた。
時計を見ると、長針はいつの間にか16分を指していた。
アドルフもリリアーナの視線の先を追う。
「あの…そろそろ私シャワーも浴びないといけないし、明日も午後からルイスのレッスンよ?アドルフも早く寝たほうが…」
「まだ話の途中ですし、質問にも答えてもらっていませんよ。」
言葉を濁す方が怪しまれるのかもしれない。
だが本当の事を言っていいものだろうか?
リリアーナは今、何とかしてこの状況を切り抜け、約束の時間には間に合うようにしたいのだ。
その時、アドルフはドアの方へ引き返したと思いきや、カチャリとドアノブに付いている鍵を回した。
「アドルフ⁈」
リリアーナは立ち上がってドアの方へと走ったが、強くアドルフに腕を掴まれた。
「何でこんなこと…」
リリアーナが抵抗しようと思った時には、掴まれている腕からどんどん力が抜けていき、あっという間にそれが全身に広がった。
そして意思とは裏腹に、アドルフに抱きかかえられる形でベッドに寝かせられた。
この状態でリリアーナが唯一できる事は目線を動かすことくらいだ。
時計を見ると、10時20分を指している。
そしてアドルフはというと、ベッドの淵に腰掛けてリリアーナが動かない事を確認している。
そしてアドルフは長い腕を伸ばし、リリアーナの頬をそっと撫でた。
今リリアーナの身体が動く状態にあれば、間違いなく震えていただろう。
そしてアドルフのグレーの瞳がリリアーナの目を捉えると、リリアーナはあえて視線を逸らした。
それが今できる精一杯の意思表示だった。
アドルフは悲しげなため息を漏らすと、そっとリリアーナに布団を掛けてやった。
そしてリリアーナの顔の前に手をかざすと、眠りを誘った。
リリアーナとアドルフは、城に併設されているチャペルに来ていた。
指輪のデザインも話し合った挙式の担当者、ジルが張り切って説明している。
「演出としては、ここでお二人がゴンドラに乗って登場するというものもありますが…」
集中しなければいけないと分かっているが、リリアーナはジルが話している間にも時計を気にしてしまうようだ。
今はもう9時45分だ。
「ハンナ様は、どうなさいますか?」
「えっと…?」
リリアーナは何の話をしていたか分からなかったが、何とか考えていた。
「ゴンドラで登場するのね!さすがジル、斬新で面白いと思うわ!」
全くのトンチンカンな回答に、ジルもアドルフも苦笑いするばかりだった。
「ハンナ様…ゴンドラの話はもうとっくに終わっていますし、そもそもお色直しの時の再入場のタイミングでゴンドラを使うという案で決定したのですが…。」
言いにくそうにジルが言い、隣ではアドルフが呆れたような表情を見せていた。
「ごめんなさい、聞いていなかったわ…何の話だったの?」
「ですから、お色直しの退場の時にエスコートを誰に頼むかという話です。」
アドルフがため息まじりに言う。
「あぁ、私の…アドルフじゃダメなのかしら?」
「アドルフ様でもいいのですが、最近では身近な人にお願いする方も増えているとのことなので。」
「うーん、身近な人…」
そう言われて真っ先に思い浮かんだのは、やはりジャックの顔だった。
「いや、私にはあんまりいないしアドルフにお願いしたいわ。」
「分かりました、アドルフ様にお願いなさるのですね。」
ジルはそう言って決まったこと一つ一つをメモしているようだ。
そうこうしているうちに、3人がいるチャペルにも10時の鐘が鳴り響いた。
「今回の話し合いはこのような形で終了とさせていただきますが、大方の流れは本日のうちに決めることができたようです。次の話し合いは明後日の同じ時間に行います。」
3人は終了の挨拶を終え、チャペルを後にした。
リリアーナが急いで部屋に戻り、時計の針がもうすでに10時10分を指している頃、ちょうど部屋の扉をノックする音が聞こえた。
リリアーナは焦りを感じながらもドアを開けると、そこにはアドルフが立っていた。
「ハンナ様、こんな時間に失礼します。」
「いいのよ、全然!でもどうしたの?」
「いえ…」
アドルフが周囲を気にしている様子を見せたため、リリアーナは部屋に招き入れた。
「何か話があるんでしょう?」
「それが…何か僕に隠している事があるのでは?」
「隠してる事…?」
「ハンナ様が夕食に遅れる事なんで今までありませんでしたし、あんなに話を聞いていないことも滅多にありません。」
10時13分。
「そうね、自分でも思っていたの!なんだか今日はそういう日なんだなって…でも明日からはちゃんと集中するわ!」
時計の長針が動く音がした。
「ずっと時計を気にしていますよね?」
リリアーナはどきっとした。
「それは、ただ…」
「ただ?」
「ほら、今日夕食に遅れてきたでしょう?だから時間を気にする癖をつけなきゃと思って!」
リリアーナは約束に遅れるのではないかという焦りと、アドルフに見透かされているのではないかという緊張で、いつもよりも速く鼓動が脈打っているのを感じた。
そうこうしているうちに、また音を立てて時計の針が動いた。
アドルフが一歩前に出て、リリアーナとの距離を詰める。
「…アドルフ?」
リリアーナがそっと後ずさりをする。
「ハンナ様、本当の事を言ってもらえますか?」
「でも…」
アドルフがまた数歩前に出る。
リリアーナは警戒している印象を与えないよう、部屋の後ろの方に置いてあるソファーに浅く腰掛けた。
時計を見ると、長針はいつの間にか16分を指していた。
アドルフもリリアーナの視線の先を追う。
「あの…そろそろ私シャワーも浴びないといけないし、明日も午後からルイスのレッスンよ?アドルフも早く寝たほうが…」
「まだ話の途中ですし、質問にも答えてもらっていませんよ。」
言葉を濁す方が怪しまれるのかもしれない。
だが本当の事を言っていいものだろうか?
リリアーナは今、何とかしてこの状況を切り抜け、約束の時間には間に合うようにしたいのだ。
その時、アドルフはドアの方へ引き返したと思いきや、カチャリとドアノブに付いている鍵を回した。
「アドルフ⁈」
リリアーナは立ち上がってドアの方へと走ったが、強くアドルフに腕を掴まれた。
「何でこんなこと…」
リリアーナが抵抗しようと思った時には、掴まれている腕からどんどん力が抜けていき、あっという間にそれが全身に広がった。
そして意思とは裏腹に、アドルフに抱きかかえられる形でベッドに寝かせられた。
この状態でリリアーナが唯一できる事は目線を動かすことくらいだ。
時計を見ると、10時20分を指している。
そしてアドルフはというと、ベッドの淵に腰掛けてリリアーナが動かない事を確認している。
そしてアドルフは長い腕を伸ばし、リリアーナの頬をそっと撫でた。
今リリアーナの身体が動く状態にあれば、間違いなく震えていただろう。
そしてアドルフのグレーの瞳がリリアーナの目を捉えると、リリアーナはあえて視線を逸らした。
それが今できる精一杯の意思表示だった。
アドルフは悲しげなため息を漏らすと、そっとリリアーナに布団を掛けてやった。
そしてリリアーナの顔の前に手をかざすと、眠りを誘った。