Time Paradox

リリアーナはボートに揺られていた。

辺りには街灯がきらめき、街の賑やかな声が聞こえてくる。

そして目の前には、ジャックがサンドイッチを持って座っているではないか。

「リリアーナ、このアーニャ川をずっと下って行くと、そのうちルッケルンガルにたどり着くって…知ってたか？」

第三者の目から見るリリアーナは、黙って首を横に振っている。

「そうだよな。でもこのボート、モンフォワーシュから出れないように魔法が掛かってるんだよ。」

リリアーナは残念そうにうなずいた。

そして桟橋まで来たところでボートが止まった。

そしてリリアーナを残し、ジャックは何も言わずボートから降りて行ってしまった。

リリアーナは慌てて追いかけるが、足が思うように動かない。

さらに、ジャックに気付いてもらえるよう大声で名前を叫ぼうとしたが声が出ない。

そしてどんどん重くなっていき、ジャックは姿を消した。


ハッとしてリリアーナが目を覚ますと、空がやっと明るくなり始めた頃だった。

そして昨日と同じ服でベットに横たわっていることに気がついた。

ふと隣を見ると、そこには寝巻きに着替えたアドルフが気持ちよさそうに寝息を立てている。

「アドルフ⁉︎」

昨日のことを思い出すと、リリアーナは真っ青になった。

そしてアドルフを起こさないよう静かにシャワールームへと向かい、シャワーを浴びて着替えを済ませた。


だが問題はアドルフだ。
リリアーナはそっとアドルフの身体を揺する。

起きてもらわなければ困るが、起きたら起きたで昨日のようになるのではないかという微妙な気持ちである。

そして一番気がかりなのはジャックのことである。

昨日リリアーナは、自分から取り付けた約束をすっぽかしてしまった。

考えているうちにアドルフが目を覚ました。

「ハンナ様…おはようございます。」

「おはようございますじゃないわよ！」

リリアーナがアドルフの頬をつねると、アドルフは声を上げた。

「どういうつもりなの？同じベッドで寝てたなんて…信じられない！…それにジャックとの約束だって…！」

「ジャック様との約束…やはりそういうことだったんですね。」

リリアーナは思わず口を滑らせてしまい、慌てて口を押さえた。

「…僕も大人げないことをしましたね。ハンナ様が約束に行けなくなるよう、魔法を使って眠らせてしまったんです。」

「…じゃあ、分かっててやったってこと？」

「すみません、つい…。」

アドルフはバツが悪そうに言うと、リリアーナは不機嫌さを前面に出し、ソファーに深く腰掛けた。

「ジャックはきっと勘違いしたわ！私が来たくなかったから来なかったんだって…」

そう言うと、リリアーナは頭を抱えた。

「どうしよう…」

「でも僕は誤解を解く気にはなれません。」

「何よ！無責任な！」

腹を立てたリリアーナがアドルフの座っているベッドの側に来ると、外からはちょうどアビーの声が聞こえた。

それを聞いたアドルフはリリアーナの腕を引っ張り、ベッドに寝かせた。
そしてアドルフも隣に寝ると、アビーが部屋をノックする音が聞こえた。

「ハンナ様〜！そろそろ準備のお時間ですので！」

アビーがドアノブを回したが、鍵がかかっていて開かないようだ。

「あぁ！ハンナ様、あれほど鍵をかけないでくださいと言ったのに…最近は開いていたから油断してしまいましたよ！今鍵を取りに行きますからね！」

今のアビーの言い方ではリリアーナが起きている前提で話しているのか、はたまた独り言なのかがよく分からなかった。

アビーの足音が遠ざかると、リリアーナはアドルフを追い出そうとした。

「ちょっとアドルフ、出て行ってもらわないと困るわ！アビーに変に思われるじゃない！」

「いえ、逆に今までの僕達の様子の方がおかしかったと思いますよ？嘘でも結婚はするんですから。」

リリアーナが言い返す言葉を考えていると、アドルフはリリアーナを腕の中に抱き寄せた。

「ちょっ、アドルフ！そこまでする必要ないじゃない！」

リリアーナが抵抗しようとした時、鍵が差し込まれる音が聞こえた。

リリアーナは身を硬くしてドアが開かれるのを見守った。

「ハンナさ…しっ失礼いたしました！」

アビーはびっくりした様子で踵を返していった。

「アドルフ！どうするのよ？」

リリアーナが問い詰めると、アドルフはにんまり笑い、反対側に寝返りを打った。

「もしかして…また寝るの？」

リリアーナが覗き込んだ頃には、アドルフはもうすでに気持ち良さそうな寝息を立てていた。