Time Paradox
店内にオレンジ色の光が差し込む頃、ジャックはやっと上がることを許された。
「ジャックはもう上がりだ!美女との約束に間に合わなくなっちまうもんな?」
店長が冷やかした。
そう大きな声で話していたわけではないのだが、なぜかスタッフ全員がルクレツィアとジャックのやり取りを知っているようだ。
「いいよなぁ…そうそうないぜ?あんな美女に逆ナンされるなんてよ!お前と一緒に働いてる限り俺にチャンスは回って来なそうだな!」
「あの人、ずっとジャック狙いだったのね!…まぁ、分かる気もするけど。」
先輩のマシューやハレーまでもが、羨望の眼差しでそう言った。
「きっと大勢いる遊び相手の一人ですよ。おつかれさまです!」
ジャックはまんざらでもなさそうに冗談を言うと、更衣室で着替え、外に出る。
じわじわと夜が押し寄せてきている東の空には、うっすらと一番星が顔を出し始めていた。
時計は5時50分を回っている。
ここからアーニャ橋はそう遠くない。
ジャックは歩きながらも、頭の中にリリアーナの存在がちらついた。
リリアーナは今日、自分を呼び出すのだろうか?
ジャックはもう忘れてしまいたかった。
アーニャ橋に着くと、異様なまでの存在感を放つ女が立っている。
ルクレツィアだ。
「あら、意外と早かったわね?」
ルクレツィアは首を傾げながら微笑むと、ジャックの腕に自分の腕を絡める。
「ちょっとそういうのは…」
ジャックが遠慮がちに言うと、ルクレツィアはむっとした表情で彼を見上げた。
「まだジャックの中では私はお客さんなのね。…でもいいわ、帰る頃には友達以上にしてあげるから。」
ジャックは返答に困り、話題を変えた。
「そう言えば、どこか行きたい所とかあるんですか?」
「そうねぇ…ちょっと呑みたい気分なの。」
川辺では多くの居酒屋の客引きが声をかけている。
「おっと、そこのお似合いカップルさん!いいですねぇ、美男美女なのでお安くさせていただきますよ!」
ジャックとルクレツィアは顔を見合わせたが、ルクレツィアは割と乗り気のようだった。
「いくらくらいかしら?」
「そうですねぇ、普段は2000円でお出ししているところですが…1700円でいかがでしょう⁈」
「いいわね、ここにしましょう?」
「じゃあ決まり!ご案内させていただきますね!」
客引きの男を先頭に、川辺の人混みを掻き分けながら歩いていく。
しばらく歩いたところで、客引きはある建物の前で立ち止まった。
木目の多い木でできた小さな建物だが、傾いているのは敢えてなのだろうか。
そしてジャックはその建物に見覚えがあった。
なんとそこは、リリアーナが大学生を突き飛ばした例の酒場だったのだ。
ベルの音と共にドアが開かれ、ジャックが恐る恐る店内を見回すが、まだそんなに人はいないようだった。
二人は角の方のテーブルに案内されると、さっきの客引きがメニューを置き、すぐにお通しも運ばれてきた。
「なんかおしゃれなお店ね。私こういう雰囲気も結構好きなのよね。」
ルクレツィアは店内を見回しながら言うと、メニューに目を戻した。
「決まりました?」
「えぇ。」
「じゃあ呼びますね。」
店員が注文を取ると、程なくしてテーブルにはビールとカクテルが置かれ、ジャックが音頭をとった。
「じゃあ…初めましてってことで、乾杯!」
「乾杯!」
ルクレツィアが小さくグラスを合わせる。
ジャックは半分ほど飲み干すと、お通しを口にした。
「ジャックってどういう女の人がタイプなの?」
ルクレツィアは頬杖をつきながら聞く。
「そう言われると出てこないんだよなぁ…。そうだ!気を遣わなくてもいいような人とか?」
ジャックが答えると、ルクレツィアは頷いた。
「誰かいい人がいるんじゃないかしら?」
ジャックはそう言われるとリリアーナの顔が浮かんだが、すぐに首をふった。
「そう…じゃあ私にもチャンスはあるわね。」
ルクレツィアはそう言いながらジャックの手を握り、目を見つめた。
「ルクレツィアさんには僕じゃもったいないと思いますけど…」
ジャックが目をそらしてそう言うと、ルクレツィアは脚を組み替えながら小さくため息をついた。
「…釣れない人ね。」
だがその時、ベルの音と共に大勢の客が入ってきた。
ジャックはそれを見て思わず顔を下に向けた。
というのも、その団体客はあの時の大学生だったからだ。
「あら、ジャック…どうかしたの?」
「いや…」
ルクレツィアがドアの方へ振り返ると、大学生のうちの何人かがこちらへと目をやった。
ルクレツィアが人目を惹き付けてしまったのだろう。
だが、ジャックがちょうど顔を上げると、大学生のうちの一人が彼を指さした。
「おい、あれって…」
「あの時の!」
そう言って大学生がジャックの方へと近づいてくる。
事情を知らないルクレツィアだけは、ジャックと大学生を交互に見ている。
「お前、生きて帰って来れたんだな?」
「酒乱王女の次は黒髪美女か!」
「知り合いなの?」
ジャックが黙っていると、ルクレツィアが話に入り、1人の大学生がすかさず答えた。
「知り合いも何も…俺はこいつの女だったハンナ・ケインズに突き飛ばされたんだよ!」
「ハンナ・ケインズ…?」
ルクレツィアが驚いた顔でリリアーナの名前を口にした時には、ジャックは立ち上がっていた。
「…お前らいい加減にしろよ!なんでいちいち俺に突っかかってくんだよ?」
つい声を荒げてしまったジャックに、店中の視線が集まった。
「ジャックはもう上がりだ!美女との約束に間に合わなくなっちまうもんな?」
店長が冷やかした。
そう大きな声で話していたわけではないのだが、なぜかスタッフ全員がルクレツィアとジャックのやり取りを知っているようだ。
「いいよなぁ…そうそうないぜ?あんな美女に逆ナンされるなんてよ!お前と一緒に働いてる限り俺にチャンスは回って来なそうだな!」
「あの人、ずっとジャック狙いだったのね!…まぁ、分かる気もするけど。」
先輩のマシューやハレーまでもが、羨望の眼差しでそう言った。
「きっと大勢いる遊び相手の一人ですよ。おつかれさまです!」
ジャックはまんざらでもなさそうに冗談を言うと、更衣室で着替え、外に出る。
じわじわと夜が押し寄せてきている東の空には、うっすらと一番星が顔を出し始めていた。
時計は5時50分を回っている。
ここからアーニャ橋はそう遠くない。
ジャックは歩きながらも、頭の中にリリアーナの存在がちらついた。
リリアーナは今日、自分を呼び出すのだろうか?
ジャックはもう忘れてしまいたかった。
アーニャ橋に着くと、異様なまでの存在感を放つ女が立っている。
ルクレツィアだ。
「あら、意外と早かったわね?」
ルクレツィアは首を傾げながら微笑むと、ジャックの腕に自分の腕を絡める。
「ちょっとそういうのは…」
ジャックが遠慮がちに言うと、ルクレツィアはむっとした表情で彼を見上げた。
「まだジャックの中では私はお客さんなのね。…でもいいわ、帰る頃には友達以上にしてあげるから。」
ジャックは返答に困り、話題を変えた。
「そう言えば、どこか行きたい所とかあるんですか?」
「そうねぇ…ちょっと呑みたい気分なの。」
川辺では多くの居酒屋の客引きが声をかけている。
「おっと、そこのお似合いカップルさん!いいですねぇ、美男美女なのでお安くさせていただきますよ!」
ジャックとルクレツィアは顔を見合わせたが、ルクレツィアは割と乗り気のようだった。
「いくらくらいかしら?」
「そうですねぇ、普段は2000円でお出ししているところですが…1700円でいかがでしょう⁈」
「いいわね、ここにしましょう?」
「じゃあ決まり!ご案内させていただきますね!」
客引きの男を先頭に、川辺の人混みを掻き分けながら歩いていく。
しばらく歩いたところで、客引きはある建物の前で立ち止まった。
木目の多い木でできた小さな建物だが、傾いているのは敢えてなのだろうか。
そしてジャックはその建物に見覚えがあった。
なんとそこは、リリアーナが大学生を突き飛ばした例の酒場だったのだ。
ベルの音と共にドアが開かれ、ジャックが恐る恐る店内を見回すが、まだそんなに人はいないようだった。
二人は角の方のテーブルに案内されると、さっきの客引きがメニューを置き、すぐにお通しも運ばれてきた。
「なんかおしゃれなお店ね。私こういう雰囲気も結構好きなのよね。」
ルクレツィアは店内を見回しながら言うと、メニューに目を戻した。
「決まりました?」
「えぇ。」
「じゃあ呼びますね。」
店員が注文を取ると、程なくしてテーブルにはビールとカクテルが置かれ、ジャックが音頭をとった。
「じゃあ…初めましてってことで、乾杯!」
「乾杯!」
ルクレツィアが小さくグラスを合わせる。
ジャックは半分ほど飲み干すと、お通しを口にした。
「ジャックってどういう女の人がタイプなの?」
ルクレツィアは頬杖をつきながら聞く。
「そう言われると出てこないんだよなぁ…。そうだ!気を遣わなくてもいいような人とか?」
ジャックが答えると、ルクレツィアは頷いた。
「誰かいい人がいるんじゃないかしら?」
ジャックはそう言われるとリリアーナの顔が浮かんだが、すぐに首をふった。
「そう…じゃあ私にもチャンスはあるわね。」
ルクレツィアはそう言いながらジャックの手を握り、目を見つめた。
「ルクレツィアさんには僕じゃもったいないと思いますけど…」
ジャックが目をそらしてそう言うと、ルクレツィアは脚を組み替えながら小さくため息をついた。
「…釣れない人ね。」
だがその時、ベルの音と共に大勢の客が入ってきた。
ジャックはそれを見て思わず顔を下に向けた。
というのも、その団体客はあの時の大学生だったからだ。
「あら、ジャック…どうかしたの?」
「いや…」
ルクレツィアがドアの方へ振り返ると、大学生のうちの何人かがこちらへと目をやった。
ルクレツィアが人目を惹き付けてしまったのだろう。
だが、ジャックがちょうど顔を上げると、大学生のうちの一人が彼を指さした。
「おい、あれって…」
「あの時の!」
そう言って大学生がジャックの方へと近づいてくる。
事情を知らないルクレツィアだけは、ジャックと大学生を交互に見ている。
「お前、生きて帰って来れたんだな?」
「酒乱王女の次は黒髪美女か!」
「知り合いなの?」
ジャックが黙っていると、ルクレツィアが話に入り、1人の大学生がすかさず答えた。
「知り合いも何も…俺はこいつの女だったハンナ・ケインズに突き飛ばされたんだよ!」
「ハンナ・ケインズ…?」
ルクレツィアが驚いた顔でリリアーナの名前を口にした時には、ジャックは立ち上がっていた。
「…お前らいい加減にしろよ!なんでいちいち俺に突っかかってくんだよ?」
つい声を荒げてしまったジャックに、店中の視線が集まった。