Time Paradox
ジャックはため息をつきながらまた座ろうとした時、反対にルクレツィアが立ちあがった。

「…少し居づらい雰囲気になってしまったわね。行きましょう、ジャック。」

「え、でも…」

「平気よ。お店ならたくさんあるわ。」

ルクレツィアはそう言って、最後の一言だけは周囲を気にし、声をひそめた。

ジャックはルクレツィアの気遣いに感謝しながらも、大学生たちの方をろくに見もせずに会計を済ませ、酒場を後にした。

そして二人がアーニャ川沿いに歩いて行くと、ふとある感覚がジャックの中を駆け巡った。
リリアーナが城の外にいる。

「…ルクレツィアさん。俺ちょっと用事があるから…」

「用事〜?じゃあ私も行くわ!そのあとまた遊びましょう?」

「いや、それは困る!」

「何でよ、女⁈それならなおさら私がついて行くわ!」

ルクレツィアが形のいい眉を寄せて不満そうな顔をした。
本当について来るつもりのようだ。

「それならいいですよ、用事はあとに回します。」

というのも、ルクレツィアの素性がまだよく分かっていないことを考えると、リリアーナが通路の出口から現れる姿を彼女に見られるのはあまり得策ではないと考えたからだ。

だが、ルクレツィアはより一層眉間のしわを寄せた。

「すいません。さぁ、次はどこに行きますか?」

ジャックが話題を変える。

「そうねぇ…思い切ってあなたの家に行ってみようかしら?」

その発言にはさすがのジャックも目を丸くした。

「…いえ、僕は狭いアパートに父と二人暮らしなので。」

ルクレツィアは、そう言うジャックを不思議そうな顔で見つめた。

「…あなた、本当に男なの?」

「…は?」

「…だって私、今まで生きてきてジャックみたいな人と出会ったことなかったから…」

いい意味なのかバカにしているのかはさておき、いつも完璧な計算によって造られているルクレツィアの表情が、このときジャックには初めて人間らしいものに見えた。

「ルクレツィア…さん?」

ジャック越しにどこか一点を見つめていたルクレツィアだが、彼の呼びかけにハッとして焦点を合わせた。

「…なんでもないの。それより気になってたんだけど、ハンナ様と…ってこれは聞いていいことなのかしら?」

「ハンナ様…リリアーナのことか。」

ジャックは思わず、リリアーナが人目につきにくい城の外で待っている姿を脳裏に浮かべてしまった。

「リリアーナって名前だったんだ、人間界では。…でも俺たちが彼女を不幸にした。リリアーナはルッケルンガルにいる方が幸せだったのかもしれない。」

「その、ハンナ様…リリアーナさんとはどんな関係だったの?」

「…俺たちが連れてきちゃったんです。その時は懸賞金目当てだった…」

そこまで言いかけたところで、ルクレツィアはジャックの手をそっと握り、首を横に振った。
その顔は、心なしか少し苦しそうにも見えた。
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