Time Paradox

刺客

「…どうしよう、ジャック!」

「…よし、じゃあ今はまず俺が行く。リリアーナはできるだけ顔を見られないようにしろ。」

ジャックがドアを開けて案内をする間は下を向いたり後ろを向いたりと何とかやり過ごしたが、また新たな客が来てしまい、リリアーナはその客を案内し、注文を取らねばならなくなってしまった。

「本日はご来店誠にありがとうございます。ただいまお冷をお持ちしますので、ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さいませ。」

リリアーナはその客を、大学生のいる一番奥の席とは遠い入り口付近の窓際の席へと案内した。

だがこのレストランでは、お冷を置いてから注文があるまではカウンター付近に立っていなければならなかった。
そしてカウンターからは例の大学生が見える。

先ほどの客にお冷を置いて来たため、あとは注文がくるのを待つだけだ。

あの大学生達との接触がなければ問題はないのだが、案の定、奥の席からは待ってましたと言わんばかりに店員を呼ぶ声が上がった。

隣にはあのぶっきらぼうな男がいたが、ただ目で促すだけだ。

「…あの、まだメニューを…」

リリアーナは小さい声で言いかけたが、その男に鋭い眼光を飛ばされ、泣く泣く大学生のところへ向かった。

このままずっと席へ辿り着かなければどんなに幸せかと思ったが、リリアーナにはこの運命を受け入れる他なかった。


「ご注文をお伺いいたします。」

リリアーナは下を向きながらメモ張を取り出し、そう尋ねた。

だが、必然的にリリアーナの左手に持っていたメモ帳が床に落下した。

リリアーナから見て左側に座っている男が、彼女の左腕を引っ張ったからである。

嫌な予感がした。


男は元々レストランに置いてあった入れ物から、銀色の物を抜き取る。

それは言うまでもなく、肉を切るためのナイフである。

「…やめてください!」

リリアーナは掠れる声で叫び、男から左手を抜き取ろうとするも、なかなか上手くいかない。


ジャックが異変に気付き、急いで駆けつけた時には既に、リリアーナの左手首からは鮮やかな赤い液体が滴っていた。

上質な紙の上には真っ赤な薔薇が描かれている。

周りの客はもはや野次馬と化していて、店内は混乱していた。


「ハンナ様だわ!」
「おい、じゃあ懸賞金が貰えるのって…」
「バカ!聞こえちまうだろ!」


ザワザワと様々な声が飛び交う。
全て丸聞こえだ。


「リリアーナ!」

リリアーナは自分の名前を叫ぶ声でやっと我に返った。

ジャックは周りを取り囲む野次馬より前にいる。

つまり、見物される側にいるのである。
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