修羅は戯れに拳を振るう
永遠の求道者
「結局は幻想に縋り付くか、愚かな弟子よ」
ふらつく足取りのまま、構える修羅。
両掌を腰溜めにする。
龍宇もよく見知った技だった。
対応するように、龍宇も同じ構えをとる。
二人が放とうとしているのは、虎撲烈波。
両掌を突き出して発勁を放つ技だ。
発勁とは、中国武術における力の発し方の技術の事。
発と勁で『激しく力を発する』という意味ともとれる。
楊式太極拳の第三代伝人の楊澄甫の弟子である鄭曼青によれば『左莱蓬老師曰く、力は骨より発し、勁は筋より発する』と主張している。
専門的に中国武術を修した事が無い者は『勁』は気の力(超能力)と主張するが、武術(中国の武術以外にも気は存在する)における『氣』とは、体の『伸筋の力』、『張る力』、『重心移動の力』などを指し、超常のものではない。
勁を鍛える為、様々な鍛錬(中国武術では練功という)を行う。
ふらつく足取りのまま、構える修羅。
両掌を腰溜めにする。
龍宇もよく見知った技だった。
対応するように、龍宇も同じ構えをとる。
二人が放とうとしているのは、虎撲烈波。
両掌を突き出して発勁を放つ技だ。
発勁とは、中国武術における力の発し方の技術の事。
発と勁で『激しく力を発する』という意味ともとれる。
楊式太極拳の第三代伝人の楊澄甫の弟子である鄭曼青によれば『左莱蓬老師曰く、力は骨より発し、勁は筋より発する』と主張している。
専門的に中国武術を修した事が無い者は『勁』は気の力(超能力)と主張するが、武術(中国の武術以外にも気は存在する)における『氣』とは、体の『伸筋の力』、『張る力』、『重心移動の力』などを指し、超常のものではない。
勁を鍛える為、様々な鍛錬(中国武術では練功という)を行う。