修羅は戯れに拳を振るう
「ぐぇえええぇっ…!」

その場で嘔吐しながら、膝をつき、前のめりになり、顔面から。

親方は崩れるように沈んでいく。

「お、親方っ!」

「ば、馬鹿な!」

慌てふためく取り巻き達。

どうやって倒した?

何をやった?

「き、『氣』かっ?」

取り巻きの一人が言う。

触れもせずに相手を吹き飛ばしたり、数人の相手をたった一人でぶん投げたりする、あの理解不能な力。

…確かに『氣』というものは存在する。

だが気功は、己の内部で働くものであり、決して遠間の相手を仕留めたり、吹き飛ばしたりするものではない。

決してオカルトではなく、訓練でできるものなのだ。

龍宇が先程親方に対してやったのが具体的にどういうものかというと、身体表面を擦り抜け、打撃の威力を直接内部に伝えるというもの。

空手の技ならば背面まで威力が届く。

”氣”など関係のない、極めて物理的な話だ。

打撃を受ける場合の一番単純な防御方法は、筋肉を固く緊張させる事。

筋肉による弾力が生じ、また身体内部の水分が効率よく打撃の威力を分散させる。

逆を言えば、筋肉による弾性を封じれば、相手は柔な水袋も同然となる。

これを俗に『二打打ち』という。

まずは手打ちで筋肉を押さえるように拳を出し、そのまま突き入れる。

一挙動で行うので、二発打っているようには見えない。

実際に二発打つのではないのだ。

この打撃のキモは筋肉を押さえてから、真に力を放つ事にある。

要は筋肉による弾力を封じるのだ。

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