季節外れのサクラの樹に、嘘偽りの花が咲く
気の利いた言葉のひとつも思い浮かばず、私はただうつむいて、コーヒーの缶をギュッと握りしめた。

「とりあえずさ…。」

マスターは私の手からコーヒーの缶を取ってベンチに置くと、そっと私を抱きしめた。

「少しだけ、こうさせて。」

マスターのあたたかい腕の中で、心に張りつめぐちゃぐちゃに絡まっていた糸が、ゆっくりとほどけていくような気がした。

「なんでも一人で我慢して抱え込む必要なんてない。話したい事は話せばいいし、俺がいつでも聞いてあげる。甘えたって泣いたっていいんだよ。」

ずるいな、大人は…。

そんな事言われたら、簡単に泣いて甘えるだけの弱い女になってしまいそう。

誰もそんな事は言ってくれなかった。

私の弱さを受け止めてくれる人なんて、今まで一人としていなかったのに。

「あったかい…。」

溢れそうになる涙を見られないように、マスターの胸に顔をうずめた。

タバコの匂いと微かなフレグランスの香りが鼻孔をくすぐり、初めて感じる大人の男にゾクゾクする。

マスターは私を抱きしめて、優しく頭を撫でてくれた。

「俺で良ければ、いくらでも胸貸すよ。」

「あんまり甘やかすとためになりませんよ。どんどんダメになっちゃいます。」

「いいよ。そん時は俺が守ってあげるから。」

私を甘やかす優しい言葉が心地いい。

この人なら私のすべてを受け止めてくれるのかも知れない。

過去も未来も、何も考えずにこの腕の中で甘えていられたらいいのに。

心のどこかで、そう思った。


ずるいのは、私も同じだ。








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